第11話 心に響くメロディ

 週末の午後、陽菜はふと足が向くままに、駅前の書店へと立ち寄った。

 店内には静かに音楽が流れ、本のページをめくる微かな音が心地よく響いている。

 小説のコーナーを眺めながら、何か新しい物語と出会いたいという気持ちがふっと湧き上がった。


 最近、少しずつ日常が変わり始めている。

 仕事に追われるだけの日々ではなく、自分の時間を持つことの大切さを知り始めた。そんな自分に合う本を探そうと、陽菜は並ぶ背表紙をひとつずつ指でなぞる。


 「……あ。」


 ふと、目に留まったタイトルがあった。以前から気になっていた一冊。

 そっと手を伸ばそうとした瞬間——。


 「これ、いい本ですよ。」


 すぐ隣から聞こえた声に驚き、陽菜は思わず振り向いた。そこには、あのカフェで隣の席に座っていた男性が立っていた。

 彼は手にした本の表紙を軽く指でなぞりながら、優しい微笑みを浮かべていた。


 「あ……私も、この本、読もうと思っていたんです。」


 思わずそう口にすると、彼は少し驚いたように目を見開き、それから穏やかに笑った。


 「そうなんですか?面白いですよ。文章がすごく綺麗で、読んでいると心が静かになる感じがします。」


 「そんなふうに言われると、ますます読んでみたくなりますね。」


 自然に言葉が交わされる。初対面のはずなのに、まるで昔から知っていたかのような、不思議な心地よさがそこにはあった。




 「偶然ですね。」


 彼が静かに呟く。


 「え?」


 「前にも、カフェでお会いしましたよね。」


 「……覚えてたんですか?」


 「はい。なんだか、気になっていたので。」


 思いがけない言葉に、陽菜の胸が小さく跳ねた。


 偶然の再会。けれど、これはただの偶然なのだろうか。


 この出会いが、どこか心に響くメロディのように感じられるのは——きっと、奏が消えた後の静寂に、そっと優しく入り込んできた音だからかもしれない。


 「……私は、陽菜です。」


 「僕は、悠真(ゆうま)です。」


 名前を交わした瞬間、どこかで止まっていた時間が、そっと動き出した気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る