第8話 さよならの音色

 夜の静寂の中、時計の針がゆっくりと時を刻んでいた。


 カーテンの隙間から差し込む月の光が、部屋の片隅を優しく照らしている。


 陽菜はベッドに腰掛け、奏を見つめていた。


 彼の輪郭は、今にも消え入りそうなほど淡くなっている。


 「……もう、行ってしまうの?」


 陽菜の声は震えていた。


 奏は静かに微笑む。


 「君が自分を大切にすると決めた時から、僕は少しずつ消えていく運命だったんだ。」


 「そんなの……いやだよ。」


 陽菜の頬を、涙が伝う。


 彼の存在が痛みそのものであったとしても、彼と過ごした時間は確かに愛おしいものだった。


 「陽菜。」


 奏が、そっと手を伸ばす。


 ひんやりとしていたはずのその手が、どこか温かく感じられた。


 「最後に……もう一度、僕の名前を呼んでくれないか?」


 陽菜は、涙に濡れた瞳で彼を見つめる。


 「……奏。」




 その瞬間、ふわりと微かな風が吹いたような気がした。


 奏の姿が、静かに、穏やかに、光の粒となって空へ溶けていく。


 「ありがとう、陽菜。」


 耳元で微かに響いたその声は、優しく、どこまでも温かかった。


 静寂が戻った部屋の中で、陽菜はしばらく涙を流し続けた。


 ——でも、不思議と胸の奥は、静かに満たされていた。


 奏はもういない。けれど、彼が残したものは、確かに陽菜の心の中に生き続けている。


 夜の向こうに、新しい朝の気配がゆっくりと訪れていた——。

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