第19話 わたしも、好きよ

 目が覚めたとき、私はベッドに寝かされていた。


 塔の2階の寝室。私たちの『家』だ。月明かりが窓から差し込んでいる。


 すぐ傍らにはフィオの姿。座ったまま居眠りしてしまっている。可愛い寝顔。


 ……なんで寝てるんだろ、私。


 ぼんやりしながら、上半身を起こす。うん、体の調子は悪くない。


 その動作だけで、フィオは目が覚めたらしい。


「セリア、起きたのね」


「うん……でも、私どうしちゃったの?」


「覚えてないの? 無理もないわね。あなたは魔力切れを起こして倒れたのよ。本来の体より大きな姿になると莫大な魔力を消費すると言っておいたでしょう」


「そっか。それで急に……」


「気をつけて欲しいわ。何事かと思ったのだから」


「ごめんね、心配させて」


「べつに心配なんてしてないわ。魔力切れなら少し休ませればすぐ良くなるもの」


 澄まし顔でそんなこと言ってくるので、私はむくむくと悪戯心が芽生えてしまう。


「ふぅーん、ずぅっとそこに座って、眠っちゃうまで看病してくれてたのに、心配はしてなかったんだぁ?」


「べ、べつにわたしがどこにいようと勝手だわ。それに夜は寝るものよ。わたしがどこで寝ようと勝手だわ」


 私は落ち込んだふりをしてみる。


「そっか、心配してくれなかったんだ……。私ならフィオが倒れたら、すぐ良くなるってわかってても、心配で一晩中でも手を握って看病しちゃうだろうに……。そっかぁ……フィオ、私のこと嫌いって言ってたもんね……」


 フィオはあからさまに慌てた。


「ち、違うわ、嘘よ、嘘っ! わたしだって心配したわっ、そんな顔しないでっ」


 その様子につい笑ってしまう。


「ふふっ、知ってた。じゃあ、嫌いじゃないんだね? つまり、私のこと好きなんだ?」


「バカ」


 フィオは立ち上がって背を向ける。そのついでに尻尾で軽く私の顔を叩いた。


「あいたっ。ごめんごめんっ」


 私も立ち上がってフィオの横に並ぶ。窓から集落の様子が見下ろせる。


 壊された柵、倒れた木々、荒れた地面、使えなくなったモンスターの巣もたくさんある。


「……あのあと、どうなったの?」


「まだなにもできていないわ。住処がダメになってしまった子たちは、1階で寝てもらってる。明日から、また作り直さなくてはね」


「そうだね……。でも、とりあえず、一安心……かな?」


「ええ。あなたがいてくれて、本当に良かった。ありがとう……」


「お礼なんていいよ。私だって大事なものを守っただけだし」


 やがてフィオはあらためて私を見上げた。瞳が月明かりにきらきら輝いている。


「それで……あのとき、言っていたことなのだけど……」


「うん? どのこと?」


「あなたが、街には帰らないって……。ここが『家』だからって……。それって、本当?」


「うん、そのつもりだよ。私、ここで暮らすのが性に合ってるみたい。だから、ずっといさせて欲しいな。ここのみんなも、フィオのことも好きだし」


「わたしは、みんなと同じなの?」


 フィオは一歩踏み込んできた。私だけをじっと見つめながら。


 その眼差しにドキリとしてしまう。


「あははっ、同じじゃないよ~。みんなが言うには私たちつがいらしいし。フィオは可愛くて綺麗だし、私も満更じゃないなぁ~」


 私はついおどけてしまうが、フィオは眉も動かさない。


「茶化さないで。真剣に聞いているのだから」


 その瞳に心が吸い込まれるようだった。


 苦しいような心地良いような胸の締め付け。心臓がドキドキと高鳴っていく。顔が熱くなっていく。


 これは、ちゃんと言わなくちゃダメだよね。


 私は決心して口にした。


「……本当に、特別だよ。フィオがいれば、他になにもいらないくらい。好き、だよ」


「……そう」


 フィオはそっけなく呟いた。


 あれ、それだけ? 私はこんなにドキドキして、一大決心して告白したのに!?


 とか思った瞬間、フィオが背伸びして顔を近づけてきた。耳元で、そっと囁く。


「わたしも、好きよ」


 ドキン、と心臓が一層強く跳ねた。


 あまりの破壊力に、思わず腰が砕けてへなへなとその場に膝をついてしまう。


 顔どころか、全身が熱い。


 フィオのほうも、顔を真っ赤にしながらうつむく。瞳をこちらに向けたり逸らしたりと、せわしなく動かし続ける。


 やがてフィオは静かに言った。


「……ねえ、変身して」


「ドラゴンになればいいの?」


「いいえ。わたしと同じ、ツノのある人間の姿でいいわ」


「うん、いいけど……」


 意図はわからないが、言う通りに変身してみる。


 するとフィオは、私の頭を胸に抱えた。それからツノを優しく撫でてくれる。


 ぶるり、と痺れるような気持ち良さが背筋を震わせた。お腹の底からあったかくなって、ずっとこうしていたくなる。


「ん……。フィオ、これって……」


「わたしのも、撫でていいわ」


 私は言われるままに、フィオのツノを撫でる。


 心地良さそうに、とろけるような声を出した。


「あのね……ドラゴンのツノは敏感で、滅多に触らせたりしないものなの。触れたり、触れさせたりするのは……愛情表現になるわ。つがいとして、永遠を誓い合うようなものなのよ」


「そうなんだ……。なんだか素敵だね」


 そこでふと気づく。


「あっ、ち、ちょっと待って。私、なにも知らずフィオのツノを触っちゃったことある。あのとき教えてくれたら良かったのに……っ」


「……だって、恥ずかしかったのだもの。それに……永遠の誓いだったなんて知ったら、あなたが帰りたくなっても帰れなくなってしまうと思って」


「やっぱり優しいね、フィオは」


「意味を知って、ツノを触れ合ったのだから……もう離さないわ。いいのよね?」


「うん、私も離さない」


 私はフィオの唇に唇を重ねた。


 フィオはきょとんと目を丸くする。


「今のは、なに?」


「人間はね、唇で触れ合うのが愛情表現なんだよ」


「変なの。でも……嫌じゃないわ」


 私たちはツノとツノを触れ合わせながら、もう一度キスをした。




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次回、セリアとフィオ、いくつもの試練を乗り越えてきたふたりは、今は平和な日々を過ごしていました。しかし、思いがけない出会いから、ふたりの関係はもう一歩進んだ形へ変わろうとしていくのです。

『第20話 ママと、ママ(最終話)』

ご期待いただけておりましたら、

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