第5話 私が望んでいるのは、なに?
「さすがセリアさん! モンスターを退治するだけでなく、今後に備えて防衛陣地まで作っちゃうなんてすごいです! 依頼人さんも大満足だそうです!」
「うん。今までフリーで色んな仕事してきたのが活きたみたい」
街に戻った私は、さっそく受けていた依頼を終えたところだった。
受付カウンターから離れると、ギルド併設の酒場から気になる噂話が聞こえてきた。
どうやら森でドラゴンがモンスターの群れを作っているのだという。真偽を調査し、必要なら討伐するべきだという。
私も少し前なら同意しただろう。
いや、今でも同意するかもしれない。
こうして依頼をこなしていると、あのモンスター集落でフィオレッタたちと過ごしたひとときは夢だったのではないかと思えてくる。
人のために悪いモンスターを退治して、人に喜んでもらって、また次の依頼をこなす。
日常に戻ってくれば嫌でも思い知るのだ。
これが私。どうあっても人間の冒険者なのだと。
でも……以前よりも、そのことに対する違和感は強くなってしまっている気がする。
「あ、忘れてました! セリアさん、ギルドマスターが呼んでます!」
「うん。すぐ行く」
駆けてきた受付嬢の声に、私は違和感にフタをして答えた。
ギルドマスターの執務室へ行くと、この街の冒険者ギルドの責任者――ギルドマスター・レイモンドが一通の封筒を手渡してきた。
「大事な手紙だって言うからおれが預かっていたんだ」
渡された封筒の封蝋には、王立研究所の印が描かれている。何度か依頼を出してくれていたお得意先だ。
手紙を読んで、私は声が出なくなってしまった。
「どうした? 難しい依頼か?」
「私に……研究員にならないかって……」
手紙には、私の持つモンスターの知識を高く評価する文面があった。今後のモンスター研究に大きな力となると、とても期待されているらしく、研究員になって欲しいと強く請われている。
「そりゃ……いい話だ。お前ほどの冒険者を失うのは惜しいが……」
王立研究所勤務となれば、もう冒険者ではなくなる。王都で安定した生活と、危険のない仕事。なにより、常にモンスターを知るために活動できる。
レイモンドには悪いが、このまま冒険者でいるよりずっといい。
「どうするんだ?」
「招待してくれているので、まずは見学してみます」
私はさっそく数日かけて王都の研究所を訪問した。
研究所では大歓迎という雰囲気だった。案内してくれた主任研究員は、以前にも依頼をしてくれた人で、私を推薦してくれたようだった。
なかなかのイケメンで、モンスターの知識や愛情もあって話が合う。
そんな折り、ふと真剣な目で見つめられているのに気づく。
「実は……あなたを推薦したのは僕が、あなたをもっと知りたいと思ったからでもあるんです」
イケメンにそう言われて嬉しくないとは言えない。
そういえば王立研究所の所員ともなれば、貴族なんかとの結婚話も出てくるなんて聞いたことがある。そしてこのイケメンは、貴族だ。
つまり……そういうこと?
「あの、ま、まだ所員になると決心できてないので。先に、もっと見学を……」
「ええ、もちろん。きっと気に入っていただけますよ」
なんとかその場は保留にして、案内を続けてもらう。
うぅ~ん……。イケメン貴族と結婚かぁ……。
それも魅力的な話だし、恋愛に関心がないわけでもないけど……。
とか思っていると、急に思い出すのはフィオレッタの美しい姿だった。ドラゴンとしての、そして小柄な少女としての。その可愛らしい笑顔。
なぜか急に顔が熱くなってくる。
あれ? おかしくない? なんで恋愛のこと考えて、フィオレッタを……?
「さ、つきましたよ。ご覧になりたいとおっしゃっていた、モンスターの飼育施設です」
案内されたその場所は、期待していた飼育施設とはまったく違っていた。
檻だ。
モンスターを飼育するのだから安全に配慮するのは分かる。けれど、これは生活環境を無視して、狭い檻に押し込めているだけだ。
モンスターが、もっとのびのびできる環境があると期待していたのに。
イケメンは「大したものでしょう」と自信満々だ。
普通なら、これで充分と思えるだろう。モンスターは人間とは違う。自由な環境など必要ないと考えるだろう。
これに不満があるのなら、私が所員になって変えていけばいい。
そうだ。私は人間なのだから、人間の考えと立場で生きるべきなんだ。
フィオレッタには悪いけれど、あの集落に戻る約束は反故にして、この話を受けるべきだ。
どうせ人間が、ドラゴンやモンスターと、ずっと一緒に暮らすなんて無理なんだから……。
でも……。
あの集落で見た、みんなが自由で、助け合っている生活を忘れられるだろうか。
「今回の件、検討にお時間をください」
結局、私はまた保留にして帰ってきてしまった。
納得しようとしても、どうしても違和感が残るのだ。
モンスターに対する価値観の違う場所で、結婚して、一生を過ごす? なんだか嫌だ。
あるいは、このまま冒険者として変わらない日々を生きていく? それも違う。
じゃあ……私が望んでいるのは、なに?
「セリア!」
下宿に入ろうとしたとき、鈴の音のように清らかな声に呼ばれた。
私が待っていたのは、この声だったのかもしれない。
「あんまり遅いから、迎えに来たわ」
少女姿のフィオレッタが、そこにいてくれた。
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※
次回、フィオレッタと再会したセリアは、今までの迷いもすべて忘れてしまえる気持ちになるのでした。
『第6話 ……会いたかった』
ご期待いただけておりましたら、
ぜひ表紙ページ( https://kakuyomu.jp/works/16818622170793337578 )から
★★★評価と作品フォローいただけますようお願いいたします!
また、本作は百合小説コンテストに参加中です。ぜひ応援をよろしくお願いいたします!
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