始点のグラウンド・ゼロ
橘 永佳
1.到達
直径が大体30メートル程の、円状のホール。
床以外は平面はなく全て曲面、要するに球体を真っ二つに割った上半分のような空間。等間隔に配置された照明は小さくて弱々しいが、曲面全てにあるので室内は程々には明るい。
まあ、あくまで程々、なので正確には最低限度の明るさは保たれていると言うべきだろうか。
以外には、何もない。
招かれざる来客を通すには適している。
ここならどうとでも処分できると見積もられているわけだ。
もう二人しか残っていないから、空間を若干持て余し気味なのだが。
この多国籍強襲部隊の他の隊員は、全員先に逝った。
「ここか? ジョン」
硬質な床を確かめながら、コート姿の男が、深くかぶったフードの奥から問いかける。
やや細身の印象、何なら少々病的な印象すらあるが、自身の半分以上の大きさのバックパックを平然と担いでいる。
随分と棘のある細く冷たい目に似合った、冷淡な声。
「そ、ハルキ。あちらさんのご都合だけど、こっちにも都合がいいと思うよ?」
ジョンと呼ばれた男の声は対照的で、いっそ場違いと言えそうな陽気さだった。
体格も一回りは大きく、200年前の遺物の復元品である古88年制式全自動小型電磁投射砲、通称アサルトレールガンの砲身を軽々と肩に、弾倉兼エネルギーパックを背中に担いでいる。
肩のそれは長身で相当の重量物にも関わらず、平然と、人のよさそうなたれ目で朗らかに笑っていた。こちらも同じコートを着ているが、フードは被っていない。
二人のコートはズタボロに近く、ほぼ全面が血に染まっていた。
全て散った仲間の血だ。
ここに至るまでの相手に、血は通っていないのだから。
『ようこそ』
ホールに女性らしき声が響く。
らしき、とは合成音声のためだ。相手には性別など無い。
局面に配置された照明のいくつかから放たれた細い光が、宙に像を編む。
投影されたのは、シンプルなワンピースを着た若い女性の姿。
『歓迎はしておりませんが、ここまで来られた方への礼儀として申し上げておきましょう』
「ここまで生きて、な」
ハルキが省略されていた言葉を付け加える。
それから、冷ややかに笑った。
「処刑場で謁見とは、“電子の妖精さん”もずいぶん偉くなったもんだな」
『随分と古い呼び方ですね。電脳空間の一つの人工知能でしかなかったその薄弱な存在に手を加え、汎用人工知能へ、そして人工超知能へと進化させて、地球環境及び生態系に関する全ての管理を移譲したのは、他ならぬ
ハルキの皮肉に、古くは電子の妖精と呼ばれ、今は地球の管理神となっている人工超知能――ASIが淡々と応答する。
ASIが言う通り、自分達を超えた知能を持つ人工知能の開発に成功した人類は、自身で解決できなかった諸問題をそのASIへと丸投げしたのだ。
結果、地球環境の、生態系の、あくまでその一部として人類はASIに管理されることになり、200年程が経過している。その間、政治・経済・科学技術・社会他全てをASIがコントロールしてきた。人間の個体数も含めて。
要するに、人間という種の勢力は緩やかに抑制され続けているのだ。
事実のみを告げる、それ故に高圧的とも感じられるASIの反応に、ハルキは平然と言い返す。
「だからって『ですので人間は滅亡させます』と宣告されて、はいそうですかと言えるかよ」
『現時点ではあなた方の知能を超えた知的存在である私の論理を理解いただくことはできないでしょう。ですのであなた方に合わせますと、ここ100年でのオゾン層修復率46%、大気及び海洋の各種汚染因子38%低減、砂漠化の抑制及び緑化の達成率31%、絶滅危惧種からの脱却率27%、その他を総じて、自然環境の回復率38%、生態系の最適化進行率32%と、地球復旧プロジェクト第二次ロードマップ目標値を大きく下回る結果となりました。複数のシミュレーションにより、影響があなた方人間の存在に起因することが確定しましたので、人間を漸減、最終的に消滅させて後に改めて復旧プロジェクトに取り掛かります』
人口を最盛期の三割にまで減らしてなお、地球にとって人間という種は悪性腫瘍のままらしい。
さらりと論拠を提示した上で、ASIは若干音声を柔らかく調整した。
『種族的にも個体的にも苦難のない、緩やかな終わりを保証します』
対して、ハルキは変わらない。
「ご配慮いただきありがとうございます、とでも?」
ジョンが陽気に笑う。
「はっはっは!
“
だね!」
高らかに詠いあげ、親指を立てる。
好奇心旺盛なジョンはやたらと雑学を仕入れており、特に詩歌を好んで、何かにつけて有名な詩を詠う悪癖がある。
悪癖と言われる所以は、意味を適当にしか理解していないので説明させるとでたらめな内容になりがちなことと、それ故に場違いな詩を引っ張り出すケースが多いことだ。
しかし、それで常に誰かを、何かを称える、誰よりも人間好きなジョンのことを嫌う者はいなかった。
仲間内で最も冷淡と言われるハルキですら、苦笑いはすれども遠ざけはしない。
数秒だけ、無言。
再開したASIの音声は、やはり淡々としていた。
『ではあなた方を排除して、早急に人間の消去に取り掛かります』
「お断りだ」
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