第10話 特別席一号・オコタ
「いらっしゃいませー!」
白い照明が夕日の光をかき消す店内。弾けるような声に迎えられるのに、バーンとリアスはへなへなと体から残りの体力も抜けていくのがわかった。案内に来たエリーゼが帰還した二人に気づいて、ぱっと顔を明るくする。
「あ! バーン、リアス! 無事に帰ってこれたんだね!」
「おー」
「うん」
「あら、二人もここのファンだったの?」
二人が親しげな返事を彼女に返すのに、クレーが目を丸くして言った。結局最後のほうは体力の限界で、二人でぜえぜえ言いながら冒険者ギルドに『羊水』の発送とクエスト完了の手続きをするのが限界で返事をする余裕もなかったのだ。
「あれ? 二人はクレーさんと同行してるの?」
「うん、そうなの、途中で拾って。アタシがおごるから今日は三人でよろしく~、それから……あの席をお願いしてもいい?」
クレーがにやにやと怪しげな笑みを浮かべながら言うと、エリーゼは「承知しました!」とお化け屋敷へ客を呼び込むスタッフのような含みのあるにっこり笑顔で高らかに声を上げた。
「特別席一号、用意お願いしまーす!」
「な……」
不穏な——というか、二人にはもうクレーが言い始めること全て不穏に聞こえるのだけれど——単語に、リアスとバーンは思わず身構えた。あいよー! と別のスタッフからの返事が返ってくるのを聞きながら、エリーゼがエプロンの内側から大きなメニュー表を取り出した。席にひとつずつ置いてあるのとは違う表紙のものだ。
「お席の準備の間に具材のご注文をお願いしまーすっ」
「んっとぉー、これとー、あとぉー」
間延びした声で迷いながらメニュー表を指差していくクレーに、バーンとリアスはその左右から彼女の手元を覗き込んだ。料理ではなく、食材がそのまま綺麗に描かれて並べられている紙面を見て、「「?」」と首を傾げる。
「二人は、『鍋』って知ってる?」
「「鍋?」」
しかしそれは、料理の名前ではなく調理器具の名前では。エリーゼは注文をメモ帳に書きつけながら「そう」と頷いた。
「東のほうの料理で、いろんな具材を大きな鍋とスープで煮込んだものを『鍋』って言うんだって! 私もクレーさんに教えてもらって知ったんだけど、すごくおいしくてメニューに書くようになったの」
「うちの師匠の郷土料理で、栄養補給にちょうどいいのよ~」
ん~、こんなもんかな! とクレーが具材を決め終えてメニュー表を畳む。エリーゼが注文を取り終えるとともに別の店員が席の準備が終わったと伝えに来て、三人はエリーゼについてくるよう言われる。
「こちらのお席へどうぞ! それから、タタミには靴を脱いで上がるようお願いします」
案内された〝席〟は、とても不思議なものだった。見たことのない枯草を編んだ分厚いマットの上に、机の足と天板の間にもこもこの布団を挟んだ謎の形式の机が置いてある。
「これ、オコタって言うの」
クレーが言いながらピンヒールのブーツを脱いで、タタミの上に上がる。オコタなるものの布団を持ち上げて、そこに足を入れて座った。バーンとリアスも真似をして靴を脱いで上がり、同じように布団を持ち上げてみた。よく見るとオコタの真下だけ床の位置が下がっており、椅子と同じように座れるようになっている。
「お待たせしました~、『カスタム鍋』です」
二人がきょとんと席に座っていると、鍋掴みで大きな鍋を持ったエリーゼと、カセットコンロと取り皿を持ったもう一人の店員がやってきた。机の中心に置かれたカセットコンロの上に鍋が置かれ、エリーゼが火をつける。
「沸騰しましたら召し上がれます~」
と言って、エリーゼは仕事に戻ってしまう。炎の音を聞きながら、クレーはニヤニヤしながら鍋が沸騰するのを待っている。そのうち美味しそうな匂いがし始めるのに、二人も鍋がぐつぐつと言い始めたときは思わずごくりと唾を飲んだ。
クレーが鍋の蓋に手を伸ばし、土器の隙間から真っ白い湯気があふれる。丸い鍋の中には、牛肉や野菜、黄色い中華麺に茸や……きらきら光る宝石、煮崩れている謎の丸薬と水に浸かって茶色くなった砂、それから、魔物のものだろう赤紫色のでろでろしたモツがひしめき合っていた。
「こんなの食べ物じゃない!」
「えっ」
リアスが机に突っ伏して絶叫したのに、クレーがショックを受けたような顔をする。
「おごってくれなくていいので別のもの食べます‼」
オコタから立ち上がって逃げ出そうとするリアスの腕を掴み、クレーは「ちょちょちょ」と必死に説得を始めた。
「まずは食べてみよ⁉ 食べたらさぁ、意外と美味しいかもしれないじゃん!」
「意外と美味しいって言ってる時点でぇええ」
「違っ……美味しいもん! アタシいつも食べてるんだから! ほら! ほら!」
クレーが箸で肉を掴み、リアスの頬に押し付ける。「熱ッ」とリアスは頬を押さえて、次の瞬間ばっと三人の様子を伺っていた周囲の客を振り返った。
「えーーーん‼ パワハラですぅ! この人怖いい」
「それダメ! マジでギルドから怒られるやつだから!」
「怒られろ!」
敬語もどうでもよくなって吠えるリアスの口に、熱々の牛肉がねじ込まれる。はぐ、と思わず噛んだその肉から脂の甘味とじゅわりと魚介ダシの効いたスープが滲んで、舌にうまみを伝えた。多少変な苦みやざらついた感触があるけれど、まぁ、美味いと言っていい。
「……」
「ふう」
リアスが黙って口を動かすのに、クレーが胸をなでおろして額の汗を拭った。一人大人しくなったのでもう一人のほうを振り返ると、バーンが『これはいったいどうやって使うんだろう』と箸を見つめている。
「あ、それはね……こうやって持つのよ……」
クレーがバーンにお箸の持ち方講座を開くのを見下ろして、リアスもため息をつきながら席に戻った。キッチンからの配慮か、構成魔法の具材はひとつの場所に固まっているので、そこから遠いところにある具材だけつつこうと固い決心をした。
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