第29話






 突然の申し出にセシリアの思考が止まる。心なしかレナの顔も赤みを帯びているような気もする。月明りが照らす夜の部屋、二人で座ると少し手狭なベッドの上で、レナは真剣な目つきのままセシリアを逃がさない。


「それは、……どういう?」

「はい? そのままの意味ですけど」


 真意を問うたセシリアに、レナは不思議そうに淡々と返す。そのレナの態度に、セシリアも何か勘違いをしているのではと思い当たる。そうして、セシリアが答えにたどり着くより先にレナが自分の発言のおかしさに気が付いた。


「あっ、別に、そ、そんなんじゃないですから! 回復魔法使うだけですから! っていうか普通文脈的に分かりません?」

「そうか、回復魔法……。確かにレナの言う通りだな」


 ——レナに言われるまでもなく、僕が気付くべきだった。


 何も意図もなく授かった恩寵ギフトを話に来るような、そんな子ではないことを今までの付き合いでよく知っていたのだから。ただ、レナもレナで言葉足らずで合った点は否めないが。


 ふぅ~、と長く息を吐き出し、自分の顔を手で扇ぎ熱を冷ますレナ。その可愛らしい仕草を横目に見ながら、単純な疑問がセシリアの口を衝いて出た。


「回復魔法は脱ぐ必要があるのか」


 村で老神父がセシリアに掛けていた魔法、後に神聖魔法と分かったそれは、患部に手を翳し何やら呪文を唱えていただけだった。それが回復魔法と神聖魔法の差なのかとセシリアが勝手に納得していると、さっきの行為で頭を冷やしたレナが訂正を入れる。


「いえ、多分慣れれば服の上からでもできると思います。でも今日は初めてですので、魔力が流しやすいように密着した方がいいと」


 感覚的に分かるんです、とレナは言った。それは恩寵ギフトのないセシリアには分からない話であり、そういうものかとセシリアは理解する。


「もう夜も遅いですし、早くやっちゃいましょう」

「……ああ」


 そう答えておいて、セシリアはようやく事態のまずさに気が付く。服を脱ぎ柔肌を晒す、それは今のセシリアがしてはならないことであった。特にレナに対しては。


 現状、セシリアの体には治り切っていない傷や痣が多数残っていた。多対一での戦闘も慣れ多くの攻撃をいなせるようになったセシリアであったが、当然捌き切れないものも出てくる。見える範囲での切り傷や出血は減ったが、それでも未だ怪我は絶えないのだ。


 キャメルから貰った軟膏、あれは使用者の魔力を用いて自己回復力を向上させ、傷を癒すものである。寝ているときに魔力も回復するとはいえ、いつも身体強化の魔法や洗浄の魔法で魔力が枯渇気味なセシリアには効果が薄かった。


 体に残る未だ痕にならない傷、怪我をしているが故にセシリアはレナの回復魔法を拒むしかない。


「気持ちは嬉しいが、遠慮させてもらおうかな。君に負担をかけてしまうだろうし、ほら、最近は僕も怪我が少ないからね」


 両手を広げ、健常を主張するセシリア。寝間着でさえ長袖を着ているのは、怪我を隠すためであり、そしてその役目は十全に果たされていた。度重なる酷使に体は痛みを持ってセシリアに訴えかけているが、その反乱を欠片も見せぬよう笑顔を作る。


 ——これでいい。隠し通せば、それでいいんだ。


 レナにはもう十分心配を掛けた。これ以上心配を掛けたくない。それに、レナに失望も、軽蔑もされたくない。今のまま、たまの休日に一緒に出掛けてくれるような、良好な関係のまま終わりたい。いずれ来る身勝手な別れを前に、セシリアは傲慢にもそう思ってしまった。


 沈黙が流れた。それは体に残る傷よりもよほど痛い静寂であった。セシリアはもう言葉を吐いてしまった。後はもう相手の言葉を待つだけ。たったそれだけのこと、いつもしているはずのことが、セシリアは初めて怖かった。


 それはほんの僅かな時間だったのか、あるいは途方もない時間が流れたのか、セシリアには判別がつかなかったが、ついにその沈黙は破られた。レナの強い意思によって。


「嘘、ですよね」


 それは酷く短く、どこまでも鋭い言葉だった。悲しそうにしながら、それでも顔を伏せることはせず、その金色の双眸でセシリアの心の芯を一直線に貫いていく。


「うっ、ど、どうしてそう思うのかな」


 嘘を吐き慣れていないセシリア、動揺がそのまま言動に現れていたことが何よりの証左であった、が故にその言葉は本心であった。セシリアがボロを出す前にレナは確信していた。それが純粋に気になったのだ。


 セシリアの問いに、レナは小さくため息を吐いた。それに反応してセシリアは無意識に体を震わせる。そんな様子をレナは仕方なさそうに眺め、優しく言葉を紡いだ。


「嫌な目をしてました。それはセシリアさんには似合わない」








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