第16話
「レナはこの街には詳しいのかい?」
それなりに人の波をかき分けることに慣れ、余裕が生まれてきた頃、セシリアは隣を歩くレナにそう問いかけた。
「もちろん。生まれたときからドネクタに住んでますからね。だいたいのことは分かると言っても過言ではないですね」
西から東まで、私の知らないところはありませんよ、などと嘯くレナにセシリアはほぅと息を吐き感心する。村と言う狭い世界しか知らなかったセシリアよりよほどものを知っているのだろう。とはいえ、セシリアの世間知らずは相当なものではあるが。
「僕らは鍛冶屋に向かっているんだよね?」
「はい。優しいおじいさんで、腕も間違いないですよ」
レナは脳裏にそのおじいさんを思い浮かべているのか、感慨深そうに瞑目した。様子からそう浅くない間柄にあるのは分かったが、セシリアには宿屋の娘であるレナにどうして鍛冶屋とのつながりがあるのか分からなかった。
「あんまり縁は無いように思えるけど」
問われたレナは瞬時にその意図を理解すると、笑いながら答える。
「たまに、うちに泊まるお客さんに頼まれて修繕された武器の受け取りに行くことがあるんですよ。それでよく知ってるんです」
冒険者のお客さんも多いですから、とレナは締めくくった。
レナの家から鍛冶屋までは少し距離があった。円状になっているドネクタの街で、ちょうど中心を挟んで向かいにあるような立地にあり、中央は立派な領主の城があり、迂回せざるを得なかった。そのお膝元の城下町では、より一層活気が籠っていた。
時折掛けられる客引きをレナは足も止めず耳も貸さずにすげなく断っていく。対するセシリアは、商人の巧みな話術に心が惹かれ、度々足を止めてしまう。そこに、田舎出身の経験のなさが出た。その度にレナが連れ戻しに来てくれたが、それが無ければセシリアは意味のないものを大量に買わされていたことだろう。
しかし、そのレナの心配りも虚しく、セシリアはその後も幾度となく、巧みな話術に耳を傾けてしまう。途中から、レナもいよいよ見ていられなくなったのか、いつの間にかセシリアの手を取っていた。左手に感じる唐突な温もりに、セシリアは目を丸くする。
「どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもないですから。いいですね?」
「ん? あぁ、いいとも」
——人肌でも恋しくなったのだろうか?
数瞬の思考の後、甚だ見当違いな解釈を持って、セシリアはそれを受け入れた。感じる柔らかさにセシリアはいつぞやのことを思い出す。そうして、故郷に残した弟、アランに向けるのと同じ眼差しがレナに向けられた。レナはその微笑みに思うところがないでもなかったが、ぐっと堪え先を急いだ。レナの方が幾分、大人であった。
「はあ。ようやく着きました」
いらぬ気遣いのせいか、どこか疲れた様子でため息を吐くレナ。そんなレナを不思議そうに見つめながらセシリアは感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。ここがそうなんだね」
レナに連れてこられてやってきたこの場所は、わざわざ看板を読まずともどんな店なのかよく分かった。店頭、樽の中に雑多に置かれているのは無数の剣。外から見える店内もいろいろな武器や防具が無造作に立て掛けられていた。
物々しさに躊躇いそうになるのを、レナは臆することなく入っていく。店内に入ると、入り口を除く三方に所狭しと剣や武具、防具が乱雑に置かれ、その狭さはより感じられた。誰もいない店内に、不用心さを感じずにはいられないが、ありがたく物色させてもらおう。
どのくらいの時間が経ったか、あらかたの商品を見て回ったセシリアはある一つの感想を得た。
——レナには悪いけど、ここには良い剣はなさそうだ。
そもそも雑多に置かれている時点で薄々感じていたが、剣に対する思い入れがないように思える。どれも、剣として問題なく使えはするのだろう、ただ、セシリアにはそれらに、魂が宿っているようには思えなかった。
そうして、セシリアが踵を返そうとした瞬間、奥から人が近づく音が聞こえた。出てきたのは、頭に鉢巻を巻いた老人。直前まで、剣を打っていたばかりかその額には玉の汗が浮かんでおり、商人というよりは職人らしさを感じさせた。
その老人は、店内にいる何某に目を向け、見知った金髪の一人を目にするとその相好を崩し、まるで孫に接する祖父のように優し気な口調で聞いた。
「レナか。今は何も依頼は入ってないはずじゃが、どうかしたかのぅ?」
「あっ、テオ爺。今日はですね、こちらのお姉さんが剣をご所望とのことで、連れてきたんです」
「ほぅ」
その瞬間空気が変わるのをセシリアは肌で感じた。セシリアを試すような目、だが決して侮るようなものではなかった。ただ一人の、剣を握る者としての心の在りようを問われているようだった。
セシリアはそれまでの浮かれていた気分を引き締め、目の前のテオ爺、テオドールに正面から向き合う。
「はい。今日は剣を買いにここに」
「そうか。その腰にある剣では足らんのか?」
歳を取ってもなお消えぬ鋭い眼光で腰に下げた剣を睨みつけるテオドール。セシリアは恥を忍んで言った。
「これは、折ってしまったのです。持ってきたのはここで、引き取ってもらえないかと思い」
何か腰に下げないと違和感があるという理由もあったが、主な理由としてはそれだった。セシリアのような流浪人にとって、折れた剣など後生大事に取っておける荷物ではない。込められた気持ちが何であれ、手放さなければならない。
であるならば、ただ処分するのではなく、インゴットか何かにして生まれ変わってくれた方がセシリアにとっては意味があったと納得できた。
「見せてみろ」
言葉は短く、端的に要求するテオドール。セシリアに断る理由はなく、静かに鞘から剣を抜き取るとそれを渡す。受け取った老人は、ゆっくりと全体を確かめると、満足気に一つ頷いた。
「分かった。ついてくるといい」
意味が分からなかったがとりあえず指示に従う他ない。テオドールの後に続き、テオドールが出てきた奥の部屋へ入ると、そこには整然と整理された武具が揃っていた。どれもが輝きに満ちていて、明らかにさっきの部屋とは様子が異なった。外観の割に狭かったのは、後ろに続くこの部屋があったからだった。
「どうして?」
意図して発したわけではないのだろう、小さなセシリアの呟きはしかして、他の二人の耳にも届いた。セシリアの短い疑問の声には多くの意味があった。その全てを理解したわけではないのだろうが、多少含まれる責めにテオドールは釈明した。
「誓って言うがな、別にあの部屋のも手を抜いて作ってはおらんぞ。道具は道具。与えられた役割をこなすことが本望じゃ。だがな、儂にとってこいつらは子どもに近い。渡す相手は選びたい、そう思うことは悪いことかのぅ」
そう言われればセシリアも黙るしかない。実際あの部屋のものに欠陥は見受けられなかった。セシリアの小さな怒りは不当なものである。
セシリアは短く息を吐き、気持ちを切り替える。少なくともセシリアはテオドールのお眼鏡に叶ったのだからそれを喜ぶべきだ。セシリアにとっても、剣は自らの命を預けるもの。生半可なものを選びたくはない。
そうして、セシリアはその中から一振りの剣を選び取った。
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