影の読書

 たまにある。理由もなく、早くカフェに行きたくなる日が。

 足を引かれるようにカフェへ向かい、夜が明ける前から準備に没頭する。こういう時は手元に影ができない。作業をするには悪くなかった。

 そして、こんなときはカフェ片隅にお客さんがいる。カフェの奥、キッチンの明かりが届かない場所。 そこに、うっすらと人影があった。

 その人影は決まって、本棚の前の席にいた。前のマスターが残した本棚。いつも、そこで本を読んでいる。良く見ようとすると消えてしまうので、自分の足元と人影の方はあまり見ないようにしながら作業をする。

 自分の作業の音以外は本をめくる音しか聞こえない。

 その本も不思議な本だった。確かに本で、棚の中にあるにも関わらず、殆どのお客さんはその本の存在に気づかない。自分も誰かが読んでいる間や、棚に戻すまでは覚えていても、それ以降は思い出せたためしがなかった。

 そして、覚えていられても開くことが出来ない。全てのページを接着しているかのように開けない。でも、人影は読めている。前のマスターは必要になれば読めると言われたけれど、今のところ読める気配はない。何の本かも分からない。

 けれど、人影は毎回それを開く。きっと、面白いのだろう。

 作業を進めるうちに、朝日で店内が明るくなってくる。登ったばかりの日の光が店の奥まで届く。

 本棚の前のテーブルには閉じた本だけが残されていた。本を片付けるために手を伸ばす。テーブルの上に自分の影が落ちた。帰ってくるのなら、縫い付ける必要はなさそうだ。

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