鍵のかかった小箱
常連さんが鍵のかかった小箱を持ってカフェへやってきた。小箱は常連さんが幼い時に遊んでいた相手からもらったもので、鍵穴も無いのに鍵がかかっている不思議な箱だった。
常連さんは近いうちに子世帯を頼って遠くに引っ越すそうで、その前にと思い出場所を何か思い出せないかとこの箱を持ってめぐっているらしい。
「どうやら、鍵は私があの子にあげたものだったらしいんだけどね」
そうこぼした常連さんの目には箱を通して相手との思い出が浮かんでいるようだった。穏やかな声でぽつりぽつりと思い出を語ってくれる。
近所にあった雑木林でよく遊んだこと、その雑木林には祠があったこと。キレイな石や、セミの脱け殻、青々とした葉っぱ、そういったなんでもないものが当時の自分達には宝物で良く送りあっていたこと。もう会えないと小箱を渡され、その後すぐに開発で雑木林も無くなってしまったこと。
「ここでクッキーを買って、最後の一枚はいつも祠にお供えしていたなぁ」
話を聞きながら、出来るだけ当時のものを再現したクッキーをテーブルに出す。
今もクッキーは扱っているけれどレシピは何回か改良されている。今回作ったのは前のマスターのレシピ帳に残っていた当時販売されていただろうもの。
「ああ、こんな味だったねぇ」
常連さんは穏やかな顔でクッキーをつまむ。クッキーのお皿を挟んで、小箱がぽつんと置かれている。
まるで、対話をするかのように。
常連さんは懐かしむ様に時間をかけてクッキーを食べて、お皿の中のクッキーが最後の一枚になる。
カチリ。
静かな店内に、小さな音が響く。
常連さんは驚いた顔で小箱を見て、ゆっくりと小箱に手を伸ばした。その手が優しく蓋を持ち上げる。その手に合わせて、鍵がかかっていたはずの蓋が開いていく。
箱が開ききった瞬間、ふわりと草と土の匂いが舞い上がる。まるで、雑木林がそこに蘇ったかのように。
小箱の中にあったのは、キレイな石にセミの脱け殻、青々としたキレイな葉など、子どもらしい宝物の数々だった。常連さんは眩しいものを見るような、今にも泣きそうな顔でそれらを見つめ、クッキーに視線を戻すと納得したように呟いて席を立った。
「最後のクッキーは貴方食べてほしい。もう、あげる相手はいなくなってしまったから」
常連さんは寂しそうにそう言って、小箱を大切に抱えて帰っていった。
お皿の上に寂しそうに最後にひとつだけ残ったクッキーに手を伸ばし、クッキーを口に入れる。ホロホロと崩れ、すっと溶けていった。
後に残ったのは切なくなるような優しい甘さだけだった。
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