第10話 俺が狙われている…?

「聖城くんに会った!?」


 霞は驚きでソファから起き上がる。


「ええ。白髪の青年は聖城でしょう。話した内容も成海に関することでした」

「そう……」


 霞は顎に手をやる。


「でも、どうして仁くんに会ったんだろうね」

「曰く、成海から手を引けとのことでした」

「なるほどねー、牽制されたわけだ」

「そうですね」


 聖城の目的はわからない。

 ただ、仁が瑠美菜に関わることが聖城にとって何らかの不利益になることが仁と霞の共通認識となった。


「どうして、手を引けなんて言ったんだろうね」

「自分の手柄にしたいんでしょうか」

「聖城くんはそういうタイプじゃないと思うけど……。他に何か言ってた?」


 仁は聖城との会話を思い出す。


「俺よりも成海の夢を輝かせられると言っていました」

「…………夢を、輝かせる」


 霞は硬直し、目を見開く。


「どうかしましたか?」

「あ、ううん。なんでもないよ。でも、そうだね。なんとなく聖城くんの目的はわかったかもしれない」

「なんですか」

「おそらく、聖城くんには瑠美菜ちゃんの夢を叶える方法が仁くんとは別にある。そして、仁くんには邪魔されたくないってことだろうね」

「飽くまで成海のためなんですね」

「瑠美菜ちゃんのため……ね」


 霞は目を細め、顎に手をやっている。


 何か思い当たることがあるのだろうか。


「聖城くんは、人の夢や希望を叶えるためなら何でもする。でもそれは、その人のためにやっていることじゃないんだよ」

「偽善者ってことですか?」


「偽善者とも違う。単に、その人の夢や希望をより強く叶える姿を見たいって感じだね。例えば、花火かな。どうせ打ちあがるなら壮大な花火が見たい。そのために裏で工作する」


 花火。


 だとすれば、瑠美菜を含め、聖城にとって個人株の対象者は自分のおもちゃのように考えているのか。


 仁は眉間に皺を寄せる。

 しかし、自分も似たようなものかと振り返る。


 自分は顧客を、金を生むための商品としか思っていない。仁も聖城も顧客をひとりの人間として見ていない。


 本質は違わないのかもしれない。

 そのことに仁は嫌悪感を覚える。


「なら、なおさら聖城に成海を譲るわけにはいかない。そんな個人的な理由で、俺の利益を奪われるわけにはいかない」

「たとえそれが、瑠美菜ちゃんのためになるとしても?」


 霞は仁を見据える。


「……それは、確かめてみないとわからないことです」


 仁は昨日の瑠美菜の心の叫びを思い出した。

 瑠美菜は本当に心の底からアイドルになりたいと思っている。


 アイドルになりたいと思うなら、当然、多くの人に認められるアイドルになりたいと思っているはずだ。それは、昨日聞いた瑠美菜の話から想像できる。


 その目的を、聖城の方が達成させられるなら、それが成海にとって一番良いのは明白だ。


「聖城のやり方が正しいのであれば、俺もその方法を使うまでです」

「キミと聖城くんでは手札の数が違うよ」

「どういう意味ですか」

「聖城くんはやり方はどうであれ、多くの人の希望をより強い方法で叶えてきた。それは、裏を返せば多くの人の信頼を得ているということ。もしかしたら、アイドル業界の人とのつながりがあるのかもしれない」

「裏口を使ってまで、成海はアイドルになるでしょうか」

「そのぐらいのバイタリティーがあるんじゃないの? それは、キミが一番わかっているはずよ」

「…………」


 何も言い返せなかった。


 霞の言う通りだとしたら、瑠美菜がアイドルになるための近道を握っているのは聖城で、瑠美菜はその近道を求めているのかもしれない。


「でも、そうだとしたら聖城はすでに成海に手を打つはずです。俺に手を引けと言っている時点で聖城が成海に対して、何らかのアプローチをしている可能性は低い」

「そこが不思議なんだよね」


 霞は再び、ソファに寝転がる。


「キミには手を引けと言いつつ、自分ではまだ瑠美菜ちゃんに手を出していない。聖城くんの言動には矛盾が生じている」

「やつの目的は、一体何なんでしょう」

「う~ん…………あ、もしかして」


 霞は唸り、そして呟く。


「何かわかったんですか?」

「いや、憶測だから何とも言えないんだけど。余計なことを言って混乱させたくないし」

「それでもいいです。それが何かの解決策に繋がるかもしれない」

「うーん」


 霞は言い淀む。


「お願いします、霞さん」


 霞は意を決する。


「……もしかしたら、狙いは瑠美菜ちゃんじゃないのかもしれない」

「どういうことですか」


 仁は疑問符を浮かべる。


「聖城くんの狙いは、キミ、仁くんなのかもしれない」


「……俺?」


 仁は混乱する。


「ほら、キミ、実はイケメンだから」

「冗談はよしてください」


 仁は霞を睨む。その迫力に霞は苦笑いで返す。


「ごめんごめん、でも、私はそう思う。キミを試しているんじゃないの?」

「俺を試す? 何のために?」

「キミには夢や希望はあるかい?」

「…………」


 夢や希望。

 そんなものはないとすぐに答えることができた。

 でも、できなかった。

 夢や希望なんてない。

 

 あるのは、憎しみと野望だけだ。

 でも、それは誰にも言っていないことだ。

 信頼している霞にも言っていないことだ。

 それを、面識のない聖城が知っているとは到底思えない。


「聖城くんを、甘く見ない方がいいよ」

「甘く見てはいません。意味がわからないだけです」

「とにかく、思い当たる節があるなら気をつけた方がいいよ」

「花火になるつもりはありませんよ。こんなところで散るわけにはいかないんでね」


 仁は霞に笑ってみせる。


「いいねー、やっぱ、キミ、かっこいいわ。お姉さんの彼氏にならない?」

「ごめんなさい無理です」

「即答だね。お姉さん悲しいよ」


 いい加減誘惑がしつこい。

 ここらで一旦、手を打っておくかと仁は思う。


「霞さん、俺は――」

「なに?」


「中学生以上の女には興味がないんです」


「マジ?」

「マジです」

「うわ~引くわ~」


 霞は露骨に身を引く。


「霞さん。昔のアルバムとかありませんか?」

「うん、なんで? 今の話の流れからして絶対に見せたくないんだけど」

「残念です」

「こっちの台詞だよ」


 霞に引かれたものの、いい情報は手に入った。

 より何か手を打つ方法がないか考えながら、仁は会社へと向かった。

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