第4話

 ミハがこちらの提案に乗ってくれなかったので、どうしたものか迷っていると、

「何してんの?」

「会場に戻ろうとして、迷った」

 というミハに出くわした。

「今から戻るけど、一緒に来る?」

「うん」

「俺は部屋に戻るけど」

「いや、会場じゃないの?」

「うん。また、オレアンに会うのが嫌だから」

「お願いだから、会場に連れて行ってよ~」

「しばらくしたら、パーティーに飽きた連中がやってきて、連れて行ってくれると思うよ」

「そんなこと言わずに!何でもするから!」

「……何でも?」

「あ……」

「じゃあ、デートして」

「……このゲームで、デートって言ったら、交流ダンスパーティーで出会ったオレアンとアヴリールが、はじめて二人っきりで、外で会うイベント……。それは出来ません!」

 と叫ばれて、俺は、やれやれという風に肩を落とすと、仕方なく、ミハを連れて会場へと戻った。


 会場へ戻ると、無言で、すっと、オレアンが近づいてきた。

 ミハには目もくれず、アヴリールだけにロックオンしてくる。

 ゲームでは好ましく思えたエピソードも、こちらが全く好意を抱いていないと、疎ましく思える。

 とはいえ、オレアンは、ミハにも、アヴリールにも、「どこへ行ってたんだ」とは聞かなかった。


 会場のあちこちでカップルが成立しはじめ、交流ダンスパーティーも終わりに近づいた頃、

「アヴリール、次はいつ会える?」

 と、熱っぽい視線で、オレアンが尋ねてきた。

 ミハの方へ視線を向けると、ミハはしっかりルノールを足止めし、目で、「応援してるよ!」と、サインを送ってきた。

「………俺じゃなくてもいいくせに」

「え?」

「何でもない」

 自分の希望とは違っても、俺は今世で当たりくじを掴んだんだから、しっかり掴めばいいだけかも知れない。

 ゲームでは、婚約者で、幼なじみの、セフレのオレアンのことが好き過ぎて、何かと嫌がらせしてきたミハも、応援してくれてるし。

 それでも、俺は、

「ごめん、俺は、君とは恋愛できない」

「え?ちょっと、アヴ?」

 多分、完全にこれは、ゲームから得られた情報からの推測だけど、幼なじみのミハをはじめ、聖シエル学園の生徒達から拒まれたことのないオレアンには、俺の気持ちは分からない。

「待ってよ!」

 去ろうとする俺の腕をオレアンが掴んで、ゲームでは、ここで二人の恋を盛りあげるような音楽がかかるけど、俺は今は、そっとしておいて欲しかった。

 オレアンは、そんな俺をそっと抱きしめると、

「大丈夫だよ。俺は、アヴが嫌がるようなことは絶対にしない。幾らでも待つから」

 と言った。

 過去に、前世にとらわれて、俺はせっかくのチャンスを逃そうとしているのかも知れないけど。

 幸運の女神には前髪しかないというけど。

 俺は、ここで、「うん」とは言えなかった。

「俺は庶民だし。神父様から、いろいろ作法は学んでるけど、到底君とは釣り合わないよ」

 オレアンをなだめるように、俺は彼の背中に腕を回すと、静かに言った。

「アヴ……」

「俺も、なれないところで苦労したくない」

 交流ダンスパーティーはお開きになり、二人がデートの約束を交わす場面で、俺はオレアンに別れを告げた。

 このゲームはフィクションで、オレアンも気にしていないのだから、俺も気にしなくていいのかも知れないけど。

 俺が元いた世界でも、上の階級の人達は、下の階級と結婚しないと言われていたことを思い出していた。

「……そんなこと言われたら、引き留められないじゃないか」

「ごめん……」

「俺は、誰にもアヴを傷つけさせない。全力で守ると言っても?」

 今のオレと同じようなことをいって、お后様を迎えられたものの、お后様がご病気になって、回復に向かうまで長い年月が必要だったと、自分より遥かに上の方が言われていたことも知っているけど、俺は何でこんなにも幸せを遠ざけようとするのだろう?

 ――オレは、こんなにも俺のことを思ってくれているのに。

 こんなんだから、俺は幸せを逃すのかも知れないな……と苦笑していると、

「オレ」

 わざとなのか、とぼけたような声が聞こえた。

「……ミハ」

「アヴと連絡先交換できた?」

 オレアンが黙ってうつむいていると、ミハは、

「黙っていても始まらないけど、初対面でぐいぐい押すのも俺はどうかと思うよ」

 と言った。

「ほら、アヴも」

「……へ?」

「へ?じゃないわよ~」

 全く、世話が焼けるわ~といった顔をして、ミハは肩をすくめると、

「二人ともまだ学生なんだし、交換日記か文通から始めなさい」

 と言って、

「ほら、約束!」

 軽くオレアンの背を叩いた。

「ほら、もう帰るわよ~、アヴへのお手紙は学校宛に出せばいいし、しつこい男は嫌われる。

 アヴもあまり固く考えず、今はオレが好きかどうかだけ考えればいいのよ~」

 とウインクしてきた。

「は、はい」

「うん。分かればよろしい。オレのところは、マナーにはうるさいけど、オレももう子どもじゃないし、アヴがエトワールで特に問題なく寮生活を送れてるなら、大丈夫」

 そういって、ミハはオレアンを半ば引きずるようにして帰って行ったけど、その後、オレアンからは何の便りもなかった。

 自分から突っぱねたのに、オレアンも口ではあんなこと言ってたけど、そんなもんか……と思って、俺は密かに落ち込んでいた。

 幸運の女神には前髪がない。

 彼女はいじわるだから、たった一度の判断ミスでも、決してやり直しを許さないと分かっていたはずなのに。

「何が、『大丈夫だよ。俺は、アヴが嫌がるようなことは絶対にしない。幾らでも待つから』だよ……」

 俺は傷ついていた。

 掴めなかったものは自分とは縁がなかったのだ、掴めていたとしても特に何もないまま終わっていたと思うようにしていたけど。

 前世の上手くいかなかった記憶が俺を苦しめていた。

「ア~ヴッ!」

「うわっ」

 後ろから急にルノールに声をかけられて、

「びっくりした」

「あはは、ごめんごめん」

 ルノールは悪びれなく言って、

「はい、これ」

 と一通の手紙を差し出した。

「?」

 白に鈴蘭の花がエンボスされた封筒を裏返して見ると、エトワールの姉妹校であるシエルの住所とオレアンの名前が書いてあった。

「押してダメなら、引いてみろってね!」

 また、おどけて舌を出して、ウインクするミハの顔が頭に浮かんで、俺はかあっ~と赤くなった。

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 鈴蘭はオレアンの生家、エイドリアン家の花だ。

 俺は、ルノールに、オレアンからの連絡を待っていたことを知られたくなくて、そそくさとその場を去った。

「あ、アヴ!次は移動教室だからね!」

 ……学年が違うのに何で知ってるんだ?

 背中からルノールの声が追いかけてきたけど、俺はもう返事をすることが出来なかった。

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