My sweet angel.

奈那美

第1話

 ……ゆうべは緊張して、よく眠れなかった。

だけど、寝坊はしなかったから自分を褒めてもいいよね。

待ち合わせは十一時。

遅刻なんて無様な真似はしたくないから……。

スマホで時刻表を確認すると、運よく十時半くらいに駅に着けることがわかった。

 

 あのあとさんざん考えて選んだ服に着替える。

おしゃれな服は持ってないし、なによりぼくらしくない。

細い縦じまのグレイのシャツとジーンズ、ダークグレイのジャンバーとスニーカー。

綿パンツもいいかなと思ったけれど……制服着てるのと変わらない気がしてやめておいた。

これだったら、気負っている感じはしないはず……そう、信じたい。

 

 着替えながら、ふと気がついた。

ほんとに今さらなんだけど、ぼくが私服ということは安藤さんも私服なんだよね。

安藤さんは、どんな服を着るんだろう?

ズボンかな?スカートかな?

もしジーンズだったら、ちょっとだけペアルックみたいで少しうれしいかも?

いやいやいや……お揃いだと安藤さんがいやかもしれない。

ジーンズではないことに期待して、もしもジーンズなら気づかないことにしておこう。

うん、きっとそれがいい。

 

 無事に十時半に待ち合わせ場所についたぼくは周囲を見回して、安藤さんがまだ着いてないことを確認した。

万一にでも、待たせてしまったら悪いと思うから。

「ごめん、待たせちゃった?」

しばらく待ったころ、急にポンと後ろから肩を叩かれた。

振り返ると、そこには安藤さんが立っていた。

時計は十時四十五分。

 

 「う、ううん。ぼくもさっき着いたとこ。って、安藤さんこそ時間より早いんじゃない?」

「あ~、私、苦手なんだよね。待ち合わせに遅れたりするのって」

「あ、ぼくもそう。自分が待つのは全然平気なんだけど」

「遠藤君もなんだ」

安藤さんがにっこり笑っている。

 

 私服の安藤さん見るなんて初めてだぁ。

さりげなく着ているものを確認する。

茶色いチェック柄のシャツ。

デニムではないけれど、ごつそうな黒っぽい生地で大きなポケットがついたズボン。

黒いジャンパーとスニーカー。

シンプルだけど……すごく似合ってると思った。

 

 「?どうしたの?」

安藤さんが首をかしげてぼくを見ている。

「あ、ううん。なんでもない……じゃあ、いこうか。こっちなんだ」

目的地の加藤文左衛門邸は歩いて五分くらいのところにある。

多くの人がぼくたちと同じ方向に歩いていた。

「みんな、雛人形を見に行ってるみたいね」

となりで安藤さんがそう言った。

「そうみたい……ごめんね、めちゃくちゃ混んでるかもしれない」

ひなまつり当日なんだ……絶対に混んでいるだろう。

 

 「遠藤君のせいじゃないよ、今日しか空いてないって言ったの、私だし。それに混んでても見られないなんてことはないでしょ?」

「あ、うん。そうだね」

文左衛門邸の観覧券売り場は、思った以上に混んでいた。

だけど今日のぼくには前売り券がある!

長蛇の列を横目に入場口に近づき券を渡す。

 

 「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました。ごゆっくりとご鑑賞ください」

受付の女性から半券とパンフレットを受け取る。

「ここは靴を自分で持って回らないといけないのね」

安藤さんが言うとおり、入り口には白いビニル袋が置いてあった。

「ほんとだ」

そういえば修学旅行で行った観光地にも、そういう場所があったような。

 

 さていよいよ室内に……というタイミングで、困ったことが起こった。

自然現象がぼくの下腹部を刺激し始めたのだ。

安藤さんに待っててもらって行ってこようか?

いや……先に中に入っててもらった方がいいんじゃないか?

でもそれだとひとりで回らせることになってしまう。

というか一緒に回りたいから誘ったわけで。

 

 でも、こんなとこでひとりで待たせるのも悪いし……。

いやでも、もう無理!

安藤さんにちょっと待ってもらおうと声をかけようとしたとき、声がした。

「安藤に遠藤じゃん。珍しい組み合わせだな。お前らも雛人形見に来たんだ」

クラスメイトの永田君だった。

「お前たち今から?俺は帰るとこだけど……」

 

 「な、永田君!頼みがあるんだけど」

「どした?遠藤」

「ぼ、ぼくトイレに行きたくて。その間、安藤さんと一緒に待っててくれないかな」

「お?いいぞ。ちなみにトイレはそこの廊下の右奥」

「ありがとう!」

ぼくは永田君から聞いた場所に駆けだした。

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