第42話
(なに、今の会話?)
まるで、あわよくばミンファにエディルを殺させるつもりだったかのような話しぶり。だとすれば、彼らがムーンウィングに毒を仕込んだ張本人だ。
(それで、ウェン将軍が凱旋する直前に、国王陛下を監禁……?)
謀反だ。先日の礼拝堂での話と無関係だとは思えない。
(どうしよう……エディル殿下に伝えないと)
だが、ミンファは囚われの身だ。今ここで騒いで看守を呼べば、会話を聞いてしまったことがさっきの心話の主に知られてしまうだろう。
せめて心話の主が誰なのかわかればまだしも、心話の声から伝わるのは口調くらいで、年齢や性別さえ特定するのは難しかった。
(それじゃ、エディル殿下に伝える意味がないか)
謀反を企む者がいることを、エディルはとっくに知っているのだ。その首謀者や、謀反の手段、その日時、そういった具体的な情報がなければ役には立たない。
(ウェン将軍は、いつ凱旋するの? じきって言っていたけど)
それが今日なのか、数日中ということなのか。それによって緊急性はまるで違う。
ミンファは大きく息を吸って、吐いた。落ち着こう。
結界が無効でも、鉄の扉には鍵が掛っているのでここから出ることはできない。まず、外との連絡手段が必要だ。
もう一度気配を探って確認する。ここには個室の地下牢がいくつかあり、ミンファのほかにも数人が閉じ込められている。だとすれば、食事などの世話のために看守の出入りがあるはずだ。
(でも、看守に迂闊な話はできないわよね。さっきの片割れも看守の恰好をしているって言っていたし)
暗くてひんやりとした地下牢。壁に窓もなければ鉢植えもないが、ミンファの目には、空気中を漂う微細な胞子や花粉が見える。地上ほど多くはなく、やがて枯れてしまう儚い命たち。
両手を広げてそれらを掻き集め、慣れた呪文を唱える。
「ムーソ」
床の上に、小さなネズミが現われた。ここでもミンファの呪術は使えるらしい。とはいえ、材料となる胞子や花粉が少ないので、レポロ村で戯れに作ったことのあるネズミよりずっとずっと小さい。
「行って。エディル殿下に、ウェン将軍の凱旋の報せが謀反の合図だと報せて」
小さなネズミは、素早い動きで格子の隙間から出て行った。宮城中を走り回ってエディルを捜し出したら、その足もとでネズミの姿から文字列に変わり、あとは霧散して胞子や花粉に戻るシンプルな伝言術だ。
ただ、あまりに小さいネズミしか作れなかったので、はたしてエディルのもとへ辿りつけるかどうか不安ではあった。
目を閉じて、ネズミの気配を追う。
不慣れな地下牢の通路を走り、行き止まりや曲がり角に戸惑いながらも、階段を見つけたようだ。ネズミにとっては一段一段がとても高い階段だが、垂直な面もよじ登ってなんとか地上に出た。
看守らしき男の足もとをすり抜け、明るい石畳の通路を走る。
そのとたん――。
「……!」
ミンファはビクリと首をすくめた。
ネズミが、踏み潰されたのだ。しかも、おそらくこれが呪術で作られたモノだと見破られた上で、意図的に踏まれ、呪術が解かれた。
失敗した。ここは道士塔なのだ。ミンファの稚拙な呪術など、王都の道士たちには子供だましにしか見えなかっただろう。
ほどなく、ゆったりとした足音が聞こえ、ミンファの牢の前で止まった。
鉄製の扉の覗き窓から穴の開いた不気味な金属が覗き、ミンファはギョッとした。穴の奥で、眼球らしきものがこちらを見ていた。
「…………」
ぞっとして、声も出せなかった。
『今、地下牢からコバエのごときネズミが出てきたが、あれはおまえの仕業か?』
心話とは違う、術で変えられた不自然な声で訊かれた。
目の前の金属は、顔を覆う仮面らしい。それに、この声に聞き覚えがある。
(たしか……そうだわ、礼拝堂で、王妃さまの侍女に命令していた怪しい道士と同じ)
黙っているミンファに、仮面の者が言う。
『怪しい伝言術だな。脱獄未遂は、刑が重くなるだけだぞ』
「違います。脱獄しようだなんて、そんなことを考えていたわけではなくて」
伝言の内容を知られるわけにはいかないと、ミンファは思った。それでも、知りたいという欲求のままに、つい尋ねてしまう。
「あの……ウェン将軍は、いつ戻られる予定ですか?」
『将軍? なぜ、そんなことを気にする?』
仮面の奥の声は平静だった。
だが、その瞬間、ミンファは失敗に気がついた。これでは、先刻の心話を聞いてしまったのだと打ち明けたようなものだ。
狭い牢の中に、突如、ミンファを囲むように無数の短剣が現われた。
しかし、呪術の短剣はすぐに消え、ミンファを襲うことはなかった。
仮面から、忌々しげな舌打ちの音が洩れた。
『地下牢の結界内では、この程度の呪術にも不自由するのか。ああ、それに、おまえに呪術の攻撃は効かないのだったな』
仮面の者はそう言うと、外から鍵を外し、牢の重い扉をゆっくり引き開けた。
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