第二章 宮廷絵巻

第7話

 その後、カリンは仕事があるからと言って出て行った。

 部屋にポツンと取り残され、ミンファはあたりを見回した。体は疲れているけれど、頭は興奮していて休めそうにない。

(カリンさんは出歩いていいって言ってたもの。せっかくだから、少しだけ道士塔の周囲を散策してみよう)

 ひとり部屋を出て、まずは巫女寮の通路を歩き、それから庭に出た。

 緑豊かな庭だ。道士たちの庭らしく、花壇にはさまざまな薬草がきれいに分類されて植えられている。たくさんの小さな白い花をつけているのは、解熱や消毒に使うスノーフリルだ。茎の汁が喉の痛みに効くドイドイも元気に群生している。

 故郷の森で見知った草花に出会えて、ミンファは少しだけ嬉しくなった。

 花壇の先に、大きな温室が見える。

 温室の中では、夏のいっときしか見られない薬草がすくすくと育っていた。レポロ村では夏のあいだに収穫して保存しておくのだが、ここでは一年中新鮮な薬草が手に入るのだろう。

 温室の奥の扉は、さらにもう一棟の温室に続いているようだ。迷わず足を踏み入れる。

 一瞬、なにか違和感を覚えたが、目の前の光景に、ミンファはそれどころではなくなってしまう。

「…………」

 そこは天井の真ん中が高いドーム型の温室で、図鑑でしか知らなかった珍しい薬草が、まるで世界中から集められたかのように栽培されていた。

 見て、香りを嗅いで、ミンファはそれだけで幸せな気持ちになった。

 中でもミンファの目を釘づけにしたのは、温室の中央にそびえるように高く葉を伸ばす薬草だ。

「ムーンウィング……?」

 どんな薬草図鑑にも必ず載っている、しかし幻の巨草とも呼ばれる貴重な薬草だ。もちろん、ミンファも実物を見るのは初めてだ。

 天井に向かって伸びる長い葉の先端は淡く透けて、七色に輝いて見える。一輪だけ咲く花の芯には呪術による毒の解毒に効果がある蜜ができるらしいが、花はまだ小さな蕾だ。

 珍しい薬草を堪能して、入ってきたのとは反対側のドアから外に出ると、そこには夢のような光景が広がっていた。

 色とりどりの花があふれる庭園。ゆったりと曲線を描く小路は、まるで異国の花の迷路だ。その先には花の柱や花のアーチもあり、蔓バラの壁に囲われた空間には、白い月光石のテーブルと椅子。

「ステキ……」

 まるで恋人たちの秘密の花園だ。

 草花と丈の低い樹木で構成された、美しい花の庭。甘い香りに酔い痴れて、ミンファは小路に沿って置かれたベンチに、倒れるように座り込んだ。さやさやと吹きすぎる優しい風が心地よい。故郷の森とは違うけれど、草木に囲まれているとホッとする。

 かすかに、人の話し声がする。誰か来たようだ。

 座ったまま背伸びすると、別の小路をゆっくり歩くふたり連れが見えた。可愛らしい青い侍女風ドレスの少女と、背の高い、銀色の髪が印象的な青年だ。

 ずっと何か言葉を交わしながら歩いていたふたり連れは、

「では、明日も頼むよ、リズ」

「かしこまりました」

 青年の言葉を受けて、リズと呼ばれた少女はうやうやしくドレスの裾をつまんでお辞儀をし、小路の奥へと姿を消した。ひとりになった青年が、花を眺めながらこちらへ歩いてくる。

 ミンファは少し身を硬くしてあたりを見まわしたが、隠れるような場所はない。べつに隠れる必要はないはずなのだが、なんだか自分が場違いに思えて落ち着かなかった。

 花を眺め歩いていた青年がそんなミンファに気づき、ふっと笑みを浮かべる。

「ごきげんよう」

「あ……ええと、はじめまして」

 挨拶され、ミンファは反射的に立ち上がってお辞儀した。この庭にいるということは、この美しい青年も道士なのだろう。

 青年がミンファに尋ねる。

「エヴァのお友だちかな?」

「あの……巫女の採用試験を受けに来ました、レポロ村のミンファと申します。よろしくお願いします」

「ああ、巫女なのか。試験はこれから?」

 名乗ったミンファに対して自らは名乗りもせず、青年が尋ねた。それが無作法だと感じられないのは、この青年が美しく優雅で優しげだからだろう。

 ミンファは素直に答える。

「さっき口頭試験を受けたばかりで、後日、実技試験があるそうです」

「そう。頑張って」

 青年は鷹揚に言い、立ち去った。その後ろ姿を見送り、ミンファはふうっと息を吐いてベンチに座った。

(きれいな人……)

 気品のある面立ちに、優しい菫色の瞳。全体的にほっそりとしているものの、女性にはない精悍さが漂う青年だった。故郷で見知った男たちとはまるで違う。

(さすがは王都の道士ね……)

 道士らしい服装には見えなかったが、ここは王都だ、お洒落な道士もいるのだろう。

 自分を省みて、ミンファは急に心細くなった。田舎育ちで何も知らない自分が、本当に王都で巫女になれるのだろうか。採用試験に落ちた場合のことなど何も考えていなかったが、考えてみれば採用される可能性のほうが低いのではないだろうか。

(どうしよう、いまさらレポロ村には帰れないし……王都で、巫女以外の仕事を探すしかない? でも、私にできる仕事なんて、あるかしら)

 不安で泣きそうになり、あわてて頭をぶんぶん振って、そんな気持ちを振り払う。

(ダメダメ、弱気になっちゃ! 明日は実技の試験なのだから、まずは試験に集中しなくちゃ)

 拳を握りしめて、己を奮い立たせた。

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