神ノノレマ

@hajime3252

第1話 失う


世界は太陽軍に支配される。


上位存在のいる神界、人間のいる下界に分けられるこの世界では、地上のある下界の大半が神界から派遣された軍隊の手によって崩壊しほぼ全ての文明が植民地として搾取されている。


そんな地上の情勢が傾きつつある今、少数精鋭にて太陽軍に対抗する最後の砦となる国が存在していた。


ーーーー


人々は凱旋する英雄を喝采の嵐で迎え入れる。


「来た、英雄たちの凱旋だ!!!」


「また太陽軍に勝利してきやがった.......!」


これが僕の憧れ、人間最後の砦『武人連合』だった。


ーーーー


武人。

それは武術を極めた格闘家や武術家に名付けられる、この世で唯一『上位存在』に対抗できる力を有した存在。


その修練の過程は厳しく、僕『ルマ』はそんな武人たちになるべく、武人の一部始終を見届けていた。


「はわわわわ、あれが武人.......!

遺画いかくの塔』に君臨する最後の砦.......!」


カイコリオ大遊国の民は今もなお英雄たちにラブコールを投げかけている。


ここ、カイコリオの治安が守られているのは遺画いかくの塔に君臨する武人たちがいるからだ。

武人たちがいなければ、僕らは今頃どうなっていたか分からない。


それほどに、武人とは地上に絶大な影響を及ぼしているのだ。


「また植民地を解放したってか!?

一体どんだけ強いんだ、武人連合.......!」


そう、この武人連合こそ、僕の最終目標地点。

僕はルマ、武人志願の十二歳だ。

僕の将来の夢は武人となってこの国『カイコリオ大遊国』に貢献すること。


そのために、日々ものすごい量の修練を積んでいる。

毎日が厳しい修行だ。


「ハァ、ハァ.......絶対に武人になる........なるんだ!」


「ルマ、お疲れさん。

今日は上がっていいぞ」


「いいえ、まだやります........!

僕は、まだまだ未熟ですから........!」


「毎日毎日精が出るな.......!

お前、毎日頑張ってるもんな。

十二歳なのに大したもんだよ」

 

僕は今『二級武人』の称号を獲得している。

第一級になったら本格的な『武人』として免許皆伝を受け、戦場に出ることができるようになる。


そうなることがあれば、僕にとってこれほど嬉しいことはない。


「太陽軍との戦いは命懸けだ。

もっと力をつけないと、殺されてしまう.......!」


カイコリオ大遊国の戦死者は一日平均五人ほどだ。

これは戦死者としては異常なまでに少ない数だが、なにせ戦場に派遣される武人の数は一日あたり五百人。


カイコリオは深刻な人不足に悩まされている状態だ。


「だからこそ、僕が少しでもその負担を減らすんだ.......!

一日五人の犠牲者を一人でも少なく、そして太陽軍という脅威を倒すために........!」


僕は一日二時間の自主訓練に区切りをつけ、武人たちを育成する宿舎に戻る。

道中、武人たちの象徴である『遺画の塔』の姿を目撃する。

 

「遺画の塔.......遺されたものをえがく、か。

少しでも多く、大事なものを守り抜かないと」


僕はパシパシと両頬を叩き、再度気を引き締める。

鍛錬終わりとはいえ油断はできない。


もしかすると、このカイコリオ大遊国が戦場に変わる時が目の前に迫っているかもしれないからだ。


僕は同僚たちのいる宿舎の二階に向かうと、そこには僕の個室の扉の前で待機する一人の男がいた。


「よう、ルマ。

お前さん、また自主練しておったんじゃろ?」


「そういう君こそ、またサボりか?

どうせ今日もサボりにサボって.......。

この国の状況を理解してるか疑問だよ」


そこにいたのはモンズ。

最近武人に志願し、僕と同期になった七歳上のサボり魔である。


「どうじゃ、お前さんワシと組まんか?

ワシと組めばお前さんは最強の武人になるぞ?」


「断るよ、誰が君なんかと」


「そう固いこと言いなさんな。

これで二十三回目の勧誘の仲じゃろ?

そろそろいい返事を期待しておるのじゃがな?」


「しつこいぞ、モンズ。

僕は君とは組まないよ。

君と組んだらサボり魔が移る。


僕は武人になって、いち早くこの国の未来に貢献したいんだ。

悪いけど、他を当たってくれ」


「釣れんのう。

ま、次の機会ってことで。

また来るわい、気が向いたら相談せいよ」


「二度と来るな、クソ野郎」


僕はモンズをしっしと跳ね除けて個室に入る。

今日もまた厄介な奴に絡まれてしまった。


「アイツ、武術の腕は確かなのにな。

なんで上を目指さないんだろ、ほんと」


本当にもったいない。

アイツはきっともっと上を目指せる実力があるはずなのに、なぜかそれを公に見せるのを拒んでる。


だったら武人に立候補するなって話だが。


「よし、今度は腹筋・腕立て、計四千だ.......!」


僕は個室で軽く汗を拭き、今度は個室トレーニングを開始する。


夕食の時間はとっくに過ぎてはいるが、戦場では夕食を取る暇もないだろう。

ゆえに、僕は毎日を一食ずつと決めている。


それ以外にトレーニングを増やす手段がもうないのだ。


「体臭がなければ、シャワーの時間をトレーニングに費やせるのにな。

なんで神様は体臭なんて作ったんだろ。


もったいないなぁ」


僕はぶつぶつと何かを考えながらひたすらにトレーニングを継続する。


他人からしてみれば、このトレーニング内容は狂気の沙汰だろう。


しかし、やればやるほどのめり込む、それが武術の面白さというものだ。

僕はそれを極めたいし、何より時間を無駄にしたくない。


もっと効果的に時間を活用したいのだ。


と、僕がトレーニングを開始したその時、僕の個室の扉が開く。

僕は思わず扉の方に振り返ると、そこには一級武人の先輩たちが五人、僕の扉に入ってきていた。


「や、ルマ。

相変わらず、トレーニングかな?」


「先輩!

どうしたんですか!?」


「ルマ、君はいつも忘れっぽいな。

ほら、今日はランキング戦の日だよ。

君は早く一級に上がるんだろ?


だから僕たちが直々に迎えにきたのさ」


「あ」


そうだった。


僕は先輩の言葉にこくりと頷き、無駄なものを整理する。

幾らかの荷物をまとめ先輩に続くと、僕はランキング戦の開催される遺画の塔の前にある武道館のもとに集まった。


「来たな、ルマ.......!

僕の永久のライバル.......!」


「シドス!

君も今回はやるのか!」


「当たり前だ。

俺はお前を倒すためにここにいるんだ。

見てろ、いつか必ずお前に追いついてやるからよ!」


「いいライバルだな。

ルマ、君は僕ら武人の希望だ。


近い将来、必ず君はこの武人連合を背負って立つ人間になる。

先輩として、君のような人間が出てきたことが誇らしいよ」


「先輩.......!

はいっ!」


僕は先輩らに背中を押され、ランキング戦へ参戦する。

この武道館、そしてこの武人の精鋭たちが集うこの国が僕の居場所であり心の拠り所だ。


だからこそ、僕は武人として太陽軍に立ち向かうんだ。

そして今晩の最初の対戦相手が決定する。


僕の対戦相手はなんと、先ほど僕の個室を訪れた五人の先輩のうち一人、『ルシー先輩』だった。

ルシー先輩は太陽軍との戦いで大活躍する一級武人。

その高い実力と好戦的な性格から『戦場の狼』の異名を持つ実力者だ。


「ルシー先輩.......!

さっきぶりですね!」


「ルマ、気づいてるか?

お前、とうとう一級武人への昇格権に辿り着きやがったな.......!」


「ええ、先輩たちのおかげです!

今日この日のために、鍛えてきましたから!」


「だが、今日の勝負はそう易々とは渡さんぞ?」


「望むところです.......!

一人の武人として、必ず勝利をもぎ取りますよ!」


戦場の狼は自慢の槍を構え、ぐるぐると振り回す。

ランキング戦では得物の使用は許可されている。

無論、相手を殺さない範囲で。


殺してしまった場合、降格や謹慎、その他重い罰則に課せられるからだ。


「来い、ルマ!」


「はい!

全力で行きます!」


僕は全身に闘気を張り巡らせる。

体の熱を全身に流し、身体能力を向上させる基本武術だ。


「闘気の質が上がってるな。

きちんとメニューはこなしているようだ」


「勝ちますよ、先輩.......!

手加減は不要です.......!」


僕は全身の闘気を足に集め、足から噴出する。

高い熱量により空気のエネルギーを膨張させると、僕は並々ならぬ速度でルシー先輩に接近する。


「なんとなく、お前と戦う気がしてたよ」


「奇遇ですね。

僕も、そんな気がしてましたよ!」


僕はルシー先輩の槍の絶技を察知し頭を下ろし回避する。

先輩は相変わらず、高い技能を持っている相手だ。


蜂槍サビソー


ルシー先輩は僕の回避に合わせ槍の連撃を合わせる。

槍は頑丈な木製ではあるが、それでも場合によっては致命傷を受けるほど危険な道具だ。


僕はルシー先輩の癖を読み、ひょいひょいと槍を躱す。

やっぱり簡単には懐には入らせてはくれないか.......!


「簡単に躱してくれるな。

流石は次世代の申し子だ、ルマ.......!」


幹靭シロック!」


僕は体技『四熾よんし』のうちの一つ『幹靭』を発動する。

左腕の筋繊維がみるみるうちに鉄の塊のように強くなっていく。

これは筋肉痛になるから面倒だ。


「初っ端から飛ばしてきたな。

ルマ、お前の狙いは武器の破壊か?」


鉄芯拳マーグ・ホッド!」


ズム。

僕の左腕が強くしなり、ルシー先輩の槍に直撃する。

先輩は甘んじて槍の柄で受けてくれるが、僕の拳はそんな先輩の油断を完全に破壊した。


「ほう、もう武器が壊れたか。

かなりの強度があるはずなんだがな、これは」


「僕も必死にやってきたんです。

僕は本気ですよ、先輩!」


「そのようだな」


僕とルシー先輩は突如近接での撃ち合いに打って出る。

やはり、撃ち合いでの経験値はルシー先輩に分がある。

基礎があるとはいえ、先輩を出し抜くのは至難の業だ。


「さあ、どうする?

ここが君の正念場だぞ?」


僕は様々な技を試し先輩が崩れる弱点を探る。

しかし基礎能力と経験値の高さが先輩に安定感をもたらしている。


簡単に崩すことができない。


「ハァ、ハァ.......崩れないか!」


「どうした、そこで終わりかルマ!」


「終わるものか!

必ず道はあるんだ.......!」


僕は幾度となく戦ってきた経験、敗北の記憶を思い出す。

先輩が崩れやすいタイミング、力の入れ方、一瞬の駆け引き........!

これだ.......!

僕は唐突に閃き、先輩の正面に立つ。


ルシー先輩は目前に立った僕に容赦なく拳を突き出すが、僕はそれを頭を横にして躱し左カウンターを合わせる。

が、先輩はカウンターを読んでいたらしく、体を逸らして僕の左拳を回避する。

やっぱりだ、ここが狙い目.......!


「何か企んでるようだな」


「カウンター、やっぱり苦手ですね、先輩?」


僕は拳の連打をルシー先輩めがけて叩き込む。

途中蹴りも交えながら、僕自身最高とも言えるパフォーマンスを先輩に見せつける。


「は、速え!」


星葉シュウソー!」


僕は闘気や霊気を閉じ込めたエネルギーの球体で先輩の視界を塞ぐ。


これにより先輩は下に下がるかこの球体を対処する他にない!

やるんだ、ここで!


僕は先輩が頭をずらしたところに右のパンチを合わせる。


幹靭シロック!」


基本の拳で先輩の攻撃パターンを誘発する。

この状態で飛んでくる攻撃などほとんど限られている。

先輩は流石にまずいと思ったのか、先輩は蹴りで僕の行動を牽制してくる。


僕はその攻撃を足の下に潜って躱すと、強烈なアッパーを先輩に叩き込んだ。


「ぐあっ!」


ここだ.......!

ここで決めるんだ!!!

僕は先輩のカウンターを警戒し、先輩の背後に回る。

そして最後の拳を突き出そうとしたところで、僕らを見ていたレフェリーが割って入った。


「そこまで!

ルシー、これ以上は戦場での戦いに響く。

ここで終わりだ」


「やった.......やったぁ!!!

勝った、勝ったぞ!!!」


僕は嬉しさのあまり両手をあげその場に倒れ込む。

長かった.......ここまでくるのに死に物狂いでやってきて、それでも七年はかかった。

本当に、長かった.......。

先輩、そして周りで見ていたオーディエンスたちは僕に拍手喝采する。


こんな気持ちになるのは、生まれて初めてだ。


「よかったな。

君は勝ち取ったんだ、一級武人への昇格権を.......!

これで晴れて、君はカイコリオの武人になれる!」


「夢が、ようやく.......!」


僕は感極まって泣き出す。

こんなに嬉しい瞬間はない、そう言えるほど今まで多くのことを積み上げてきた。

本当に、よかった。

でも、ここからだ。

僕がやるべき戦いは、ここから。


そうだ、僕は必ずやれるんだ。

そんな時、僕の元にスペシャルゲストが現れた。


「来たね、期待の新人が.......!」


「あなたは.......!」


オーディエンスたち、そしてルシー先輩が度肝を抜かれる。

そこにいたのは武人連合最強と名高い男、『ヨムド・マーケス』だった。





◇◆◇◆◇◆





「まさか、ヨムド・マーケス!?

武人連合の最高位、大武将の地位に就く最強の武人の!?」


「ヨムドさん、来てたんですか!」


「来たよ、ルシー。

君らの言う期待の新人が気になってね。

せっかくだ、彼を遺画の塔に特別に同行させるというのは」


「え?」


僕は呆然とその場に立ち尽くす。

えっと、今なんと?


「驚いた。

武将の権限を振り翳すのはやめなよ、ヨムドさん。

いくら大武将だといえど、反感を買わないなんてありえませんよ?」


「いいじゃん別に。

僕は彼が気に入ったんだ。

武人連合の未来を担う大事な人材に入れ込むのが悪いことかい?」


「体面はよくないでしょ、ヨムドさん」


ヨムドさん、思った以上に自由な人だ。

これが、大武将ヨムド・マーケス........!

なんだかイメージと違うけど、きっとすごい人だ。


「さて、邪魔して悪かったね。

さ、ランキング戦を再開してくれ。

僕はルマ君と遺画の塔に連れていくよ」


「えっ!?

本当に行くんですか!?」


「行くよ、当たり前じゃん。

君はあの塔に来る資格を勝ち取ったんだ。

僕がそれを保証するよ」


僕はルシー先輩らとその場で別れ、ヨムド・マーケスとともに武道館を去る。

この思いがけない事態に、僕は心臓がバクバクと鳴っていた。


「ど、どうしよう.......本物のヨムドさん、大武将!

こんなに近くで見れるなんて.......!」


「そんなに緊張しないでよ。

僕は君のことを見込んで遺画の塔への同行を決めたんだぜ?

もっと胸を張ってくれ」


「そうは言いますが.......」


「いいから。

僕はこれでも君を高く評価している。

君はきっと大成するよ」


「そんな、恐れ多いです.......!」


僕はこうして憧れの場所であった『遺画の塔』に足を踏み入れる。

建物に入ってみると、そこには豪華なインテリアが飾られており、歴代武人の顔が描かれていた額縁が玄関入り口に幾つも連ねられていた。


「すごい、有名武人の額縁だ.......!」


「功績を残せば、この額縁に顔が残ることになる。

もし興味があれば、君も偉大な何かを目指してみるといい」


「はい!

ありがとうございます!」


「さ、これから頂上を目指すよ。

せっかくだし、会議に参加してく?」


「はい!

いいんですか!?」


僕はヨムドさんの提案でおよそ五十階層はあるであろう遺画の塔の頂上を目指すことになった。


無論、そこまでの道のりは長く険しいものだが、日頃鍛錬を積み重ねている僕からしてみればこんな段差なんてことはなかった。


「上層に向かえば向かうほど体が冷え込む。

それに空気も薄くなるから、無理な時は言うといいよ」


「はい、分かりました」


こうして一歩、また一歩とかね折れ階段を登っていく。

こういう新しい世界、建物を見て回れるというのは正直幸せなことだ。


それもこの武人の象徴たる『遺画の塔』なら別格。

憧れの場所であり、どこかホッとする場所。

それがこの建物の性質なのかもしれない。


「まったく息が乱れてないね。

君、一体どれだけ鍛錬を積んでるんだい?」


「大したことはないですよ。

ただ、人一倍努力しないと僕は強くなれなかったので、時間の許す限り努力をしているだけであって。


誰でもこんなことはやっていると思います」


「謙虚だね。

その上に向上心もある。

どうやら、君を敵に回したら大変なことになりそうだ」


「大変なこと、ですか?」


「成長しきればの話さ。

君はいずれ大成する。

僕が自信を持ってそうみんなに知らせるとするよ」


少しずつ、肌寒くなってくる。

ここはカイコリオ大遊国の更に山の上、本来なら吹雪が吹き荒れてもおかしくないほどの気温だ。


「すごい冷気ですね。

でも、僕ら武人からしてみれば、なんてことはないかもですね」


「闘気は熱を帯びている。

無論、この世に存在する気には様々な効力がある。

霊気、邪気、運気、神気、瘴気。

数多くの気の力を借りて、僕たち武人は太陽軍という巨大な組織と戦ってきた。


ルマ、君に一つ頼みがある」


「頼み、ですか?」


「君に合わせたい人物がいる。

そこの曲がり角を曲がって、真っ直ぐだ」


僕はヨムドさんに従い、曲がり角を曲がる。

次の瞬間、頭に鈍痛のようなものがズキッと走る。


「え.......?」


ドンッという音を立てて僕は床へと倒れる。

一体、何が起きたのだろうか?

遠のく意識の中、霞む目で僕は上を見上げる。

そこには見覚えのない男が一人、血みどろの僕を嘲笑うように上から見下ろしている。

その男の顔は、僕でも知っている。


緑色の瞳に橙色の髪。

太陽軍の総帥テナウドリストだ.......!


「コイツはチカニシに連れて行く。

手筈通り、人質を数人解放しよう」


「そうしてくれ。

僕だって、もうこんなのは懲り懲りなんだ」


何を、言っている.......?

そんな、まさか.......。

ヨムドさんが、太陽軍と.......通じている、なんて.......。

そして僕の意識はそのままパチッと暗転した。






◇◆◇◆◇◆






意識が覚醒する。

気がつくと僕は見慣れない奇妙な天井と檻に囲まれている。

どうやら、僕は閉じ込められたらしい。


頭痛、そして眩暈がする。

よく見ると僕の手足には錠がかけられている。

腕には乾いた血痕も付着しており、後頭部の痛みがあの出来事が事実だったことを裏付けている。


「やっぱり、あれは現実に起きたことなんだ。

あのヨムドさんが、まさか太陽軍と通じていたなんて.......!」


僕は耳を澄ませここがどこかを推測、特定する。

どうやら、僕がいるのは何かの貨物の中のようだ。

あの時の会話から察するに、僕を荷物に混じえて地上のチカニシ王国に運ぶつもりなのだろう。


「おそらくチカニシ王国行きの荷馬車だな。

急がないと、また同じ被害者が出てしまうはず......!」


僕は貨物からの脱出を試みる。

まずは手足の枷を外す必要がある。

それにしてもなんて強度の錠だ。

鉄の強度くらいなら自力で破壊できるが、これは少々骨が折れそうだ。

僕は錠に闘気、そして神気を込め、内側から破壊を促す。


錠は闘気により温められ、神気の入り込む隙間を生む。


そして神気が入り込むと、金属でできた錠は密度の高い神気によって膨らむように広がり、やがて手足が開放できるほどのスペースが確保された。

僕は手足から錠のようなものを取り外すと、檻を破壊しながら貨物の外に脱出する。

どうやら、他にも囚われている人々がいるらしい。


僕は貨物に乗せられていた人たちの檻を破壊し、巨大な馬車らしきものから脱出すると、すぐさまそこがカイコリオ大遊国の国内であることを把握した。


「よし、まだカイコリオから出ていない!

今なら戻れるぞ!」


僕は先輩への伝達も兼ねて武人連合の宿舎への帰還を急ぐ。

早くしないと、これは一刻を争う事態だ。


「先輩、みんな、無事でいてください!」


僕が今いる場所は、目算だが宿舎からおよそ七キロメートルほどの場所だろう。

屋根上に飛び上がり、街中を縦断していく。


その時だった。

遠方に『遺画の塔』らしき建物が見えたその時、塔が大爆発を起こした。

 

住民はざわめく。

なんの爆発だ、一体何が起こったんだ、と?

僕の中で胸騒ぎは更に加速していった。


「やっぱり、まずいぞ!

先輩たちが危ない......!」


僕は一心不乱に駆ける、駆ける。

近隣住民の動揺に紛れ込むかの如く、僕は高速で遺画の塔を目指す。


「ダメだ.......あの塔は武人の象徴だぞ!

あの塔が崩れれば、武人連合の威厳は無くなってしまう!」


人々への威厳、そして安心をもたらすのが僕ら武人の定めであり宿命だ。


それができなくなってしまえば、武人の矜持は壊れ、武人連合が崩壊してしまう。

まさか、太陽軍はそれを狙っていたのか!?


武人の象徴の排除を、最初から?

そうなると、ますます取り返しのつかない事態になるぞ!

僕は遺画の塔までおよそ二キロメートル地点まで辿り着く。

そんな中、聞き覚えのある声が僕の耳に届いてくる。


「ルマ!!!

お前どこ行ってたんだ!!!」


見ると、そこには見覚えのある先輩の姿がある。

どうやら、五人全員が無事のようだ。


「よかった.......!

先輩、大切な話があるんです!

少し時間をください.......!」


「悪いが、今はそれどころじゃない。

遺画の塔がテロリストたちに狙われている。


現在テロリストたちを追い、僕ら武人が強制出撃させられている状況だ。

お前は急いで宿舎に戻れ」


「こっちも緊急の要件があるんです!

先輩、遺画の塔に太陽軍の内通者がいるんです!」


「内通者?

どういうことだ.......!」


「大武将ヨムドさんです!

彼に後頭部を殴られて、荷馬車の牢に閉じ込められ、錠もつけられました。

あの人は、武人を太陽軍に売り捌いているんです!」


「まさか、それでいなくなってたのか!?

ヨムドさんはダンマリを決め込んだたから不自然だとは思ってはいたが、そんなことになっていたとは」


「正直、許せません.......!

僕らの大先輩であるあのヨムドさんが、まさかそんなことをしていたなんて.......!

その上、遺画の塔でとある男に遭遇したんです」


「とある男?」


「太陽軍の総帥、太陽の王と呼ばれた男、テナウドリストです。

緑色の瞳に橙の髪、間違いありません」


「そうなるとルマ、テロリストの件はそのテナウドリストが絡んでる可能性は高そうか?」


「十中八九そうかと」


「分かった。

急いでこのことをみんなに知らせよう。

ルマ、君は僕らと一緒に来てくれ。

もし狙われたら一大事だ」


「はい!」


僕は五人の先輩らと共に武人連合基地へと向かう。

基地に近づけば近づくほど、遺画の塔の損傷具合に絶望する。


なぜ、こんな事態に。

僕が抱く夢が、儚く消えていくような、そんな悲壮感が次第に近づいてくる。


「クソッ、武人の象徴だぞ.......!

なんで、こんなことになってる.......!

ふざけるなよ!」


許せない。

遺画の塔に寄れば寄るほど、腹立たしい現実が僕に怒りの感情を抱かせる。

こんな気持ちになったのは生まれてはじめての経験だ。


「太陽軍.......!

僕の夢を侮辱するのか?

もし僕を踏み躙るのなら、僕はお前たちを許さない.......!」


少しずつ、少しずつ、殺意に似た強い感情が僕の内面から溢れ出てくる。

この塔は僕の夢の詰まった安寧の場所、いわゆる聖地だ。


それを穢されることがこんなにも我慢ならないものだったなんて、僕は知らなかった。

はじめて理解した。

そして遺画の塔が目前に迫った時、僕らを出迎えたのは一人の『上位存在』だった。


「おや?

何やら計画とは異なる不測の事態が起こったようで」


僕らは絶句する。

そこにいたのは太陽の王テナウドリストではなく、まったく見たことのない膨大な神気を帯びた何かだった。


先輩は全員戦闘態勢を取り、目の前にいる不審人物を問いただす。


「お前、何者だ!!!

まさか、新手のテロリストか!!!」


「テロリスト?

失礼な。

私は偶像神、星を管理する上位神の一人だぞ?」


「上位神!?

まさか、神界の神の一人か!!!

なぜそんなヤツがここに!?」


「神界の神々が下界で必ずしも弱るとは限らないということだ。

覚えておくといい、私の名はラムス。


星の管理神.......。

いずれ世界のすべての資源を牛耳る者だ」

 

「世界の資源を牛耳る?

そんな偶像神が、どうして武人連合を襲うんだ!!!」


「襲う?

いやいや、私の役目はこの塔の破壊だ。


お前たちの象徴たるこの塔を破壊すれば、あとは神界に帰るだけ。

悪いな、お前たちに恨みはないが、この塔は破壊する」


僕は怒り心頭になる。

この男は絶対に生かしておけないと、僕の本能が囁いている。


絶対に、コイツは.......!


「ふざけるな.......!

僕らの象徴を、お前なんかに壊させてたまるか!!!」


「待て、ルマ!!!」


僕は『四熾よんし』と呼ばれる体技の一つ、幹靭を発動する。

膂力を増幅させ強力な一発をお見舞いするためだ。


僕は強い力みを右腕に込め、ラムスを名乗る男の顎を狙う。

その瞬間、ラムスの人差し指から急所を穿つ一閃の光線が放たれた。

ルマは間一髪光線を体を逸らして回避する。

が、心臓きゅうしょへの一撃は免れられたものの、光線は横腹に突き刺さり一気に戦闘不能に陥った。


「うっ!」


「おやおや、この距離で外すなんて、若い武人はこんなにも強いんだね?」


「ルマ!!!」


一瞬で穿たれた.......。

しかも心臓を。

危険を見抜けなかったら今頃速あの世行きだ.......!


「無茶を.......!

あの馬鹿!!!」


五人の先輩は僕の正面に立ち、立ち塞がるようにラムスの前方を独占する。

ラムスはそれを見て冷静かつ冷酷に容赦のない神気の光線を先輩らに向けて解き放った。


「気が強いね。

でもね、相手が悪いよ」


カイコリオ大遊国の半分を縦断する極太の光線が先輩五人の前に立ちはだかる。

先輩らは僕を守るべく、咄嗟の判断で気で形成した強固な盾を僕に被せる。

それが優しさなのか、本能からくるものなのか、分からない。


ただ、この時の僕は、自分の命を犠牲にして自分を保護した先輩が消滅するその絶望の瞬間をなす術なく傍観することしかできなかった。


「え.......?」


全ては一瞬の出来事だった。

先輩だった五つのものは笑顔をこちらに向けたままその全てが灰燼に帰す。


僕は、自分の浅はかな判断を呪う。


「そんな、先輩が.......消えた........?」


僕の中にある何かが音を立てて壊れていく。

自分のこれまでを支えてくれていたものが、この男の指先一つで消滅した。

僕は、なんて愚かな判断を.......!


「お前.......何をしてくれてんだァアアアア!!!」


僕は勢い余ってラムスに飛びかかろうとする。

しかし、ラムスに穿たれた一撃が僕の全身を麻痺させる。


動けない。

こんなにコイツを殴りたいのに、何もできない。


「動け、動け.......!

クソッ、クソがッ!!!」


僕は悔しさで涙を溢す。

嘘だ.......嘘だ.......!

こんな、こんなことがあるか!!!

僕は、こんなヤツに負けるために、自分を鍛えてきたわけじゃない.......!

こんなの、何かの悪い夢だ........!


「やれやれ、武人というのは手がかかる。

ま、いっか。

どうせ絶望するのに変わりはないもんね?」


嫌な予感がする。

アイツ、今僕を見て笑った.......!

なんか、やろうとしてる.......!


「やめろ.......何を、する気だ.......!」


「何って、破壊するんだよ。

君たちの象徴を........!」


僕は慌てふためく。

自分の居場所だったもの、自分の目標としているもの、自分の大切にしているもの全てが、この男から奪われる。


立て続けに悪夢が僕を襲う予感がするのだ。


「やめて.......僕の夢なんだ。

その塔を、その場所を壊すのだけはやめてくれ.......!」


しかしラムスは聞く耳を持たない。

ラムスは塔の更に真上から、膨大な神気を集約した極太のレーザーをまるで天からの洗礼の如く塔に解き放つ。


僕の夢は、僕が抱いた偉大な武人になるという夢は、この日武人の象徴とともに掻き消された。

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