第23話 選択

 私は引き気味の先輩に、不覚にも懐かしさを覚えてしまった。

 もちろん引かれたいわけじゃない……じゃないんだけど、だって先輩は鬼部長で他の人にも自分にも厳しいけど、そういう精神的に来るタイプの冷たさは私にしかしないことだからっ!!


 つまり私と先輩の仲だからこそのあれだから!


「……なにかしていたの?」


 先輩が警戒気味に聞いてきた。


「あ、先輩と――」


 三年後の先輩とメッセージのやり取りをしながら、三年後の私と仲良くなるのを応援していた――なんて言っていいわけない!


「先輩って……?」

「あ、いえ……その、先輩は先輩でも他の先輩の話でして」

「わたしとは別の……」

「は、はい」

「……そう」


 先輩の視線がそれて、どうにかごまかせたようだった。

 スマホの方でメッセージを知らせる通知がポンポンと何度か届くけれど、今は確認できない。……ごめん、三年後の先輩。今はこっちの先輩を優先させて……!


「……あー……先輩はその、どうかしたんですか?」


 私が居たのは学校近くの公園だ。たまたま先輩が通りかかってもおかしくない。ただ先輩が私を見かけて声をかけてきた……何の理由もなく?

 学校ですれ違うとか、部活前とかならおかしくなはない。基本的に私からってことにはなるけど――となると、なにか用でもあったんだろう。

 そう考えるのが自然だった。


「なに? 用がないと話しかけちゃダメだった?」

「え? いえっ! ダメってことでは……!!」


 思いもしない言葉に慌てると――え、え、先輩がただただ私を見つけて話しかけに来てくれただけだったってこと!?――そんな私を見て、先輩は少しだけ楽しそうにクスッと笑った。


「話したいことはあるけど、なにその慌てようは」

「ええぇ……それはその……」


 なんですか、先輩! 結局、用はあるんですか!?

 ……微妙にからかわれているような気がして、それはそれでちょっと嬉しい。


「あの、話したいことって?」


 気持ちを落ち着かせてから、改めて聞き返す。

 さっきまで公園のベンチに座っていたけれど、先輩に気づくと驚いて立ちあがってそのままだった。私だけ座るわけにはいかないし、先輩にだけでも座ってもらう? 並んで座るのも……ちょっとこう変な感じだし。

 そもそも話というのも直ぐ終わるものかもしれない。それだったら座って話すのも……と悩んで、とりあえず聞くことにしたけど――大丈夫かな? 三年後の先輩に確認できたらいいのに。先輩、礼儀とかではあんまり怒らないから、大丈夫だと思いたいけど……。


「その……」


 先輩にしては珍しく、なにか言いにくそうな切り出しだった。


「八雲が誘ってもらっていた劇団の方のことだけど」

「あっ、はい」

「先輩が返事を待っているみたいで、わたしの方からも八雲の様子を聞いてきてくれって頼まれたのよ」


 演劇部のOGの先輩に誘われた劇団のことは――考えていたけれど、どうするべきか決められず三年後の先輩を頼って、未来の情報を探って参考に……というだいぶ優柔不断な状況だった。

 そろそろ誘われてから一週間以上はなにも返していない。

 い、一応私もマズいって思っていたよ! だから今日、三年後の先輩を急かして、三年後の私に劇団がどんな漢字なのか聞き出そうって思っていたわけで!

 まさか先輩伝手にどうなっているか確認されるとは……。


「それは、すみません……返事が遅くなって……先輩にまでご迷惑を」

「別にわたしはいいんだけど。むしろ急かすようなことは、個人的にはあんまりしたくなかったんだけどね。一応、先輩のことでわたしも断りにくくて」

「あはは、先輩にも先輩がいるんですね」


 当たり前のことだけれど、なんとなく先輩も先輩には気を遣ったり、逆らえなかったりあるんだろうなと思うとなにか親近感みたいなものがわいた。


「それで? ……八雲も断りにくいっていうなら、わたしの方から代わりに伝えてもいいけど?」

「えっ、それは……」


 たしかに、私に取っては卒業生の先輩というのはあんまり先輩がないから……こちらの先輩ほどは気を遣うつもりもないけれど、断るのに抵抗がないということもない。

 ただなんだろう。憧れの先輩と違って、OGの先輩にはまあ嫌われても……という気持ちがあるから、自分の気持ちさえ決まったら断ることはしたと思う。


「自分でも悩んでいて。こんな機会が中々ないのは間違いないですし……演技はうまくなりたいから、OGの人たちの劇団に参加できるなら、勉強にはなるし……」

「まあ、そうね。あの人たちは歴も長いし、大学生や社会人の劇団になると高校演劇とはまたかなり違う世界になるから。学べることが多いのは確かよ」


 先輩にもお墨付きをもらうと、私の気持ちはさらに劇団へ傾く。

 でも部活だけでもだいぶいっぱいいっぱいの私が両立なんてできるんだろうか。私の目標は、演劇がうまくなることではあるけれど、やっぱり先輩と一緒に舞台に立ちたいというのが一番なのは変わりない。

 そう思うと、高校の部活以外のことを新しく始めるのがプラスになるのか、妨げになるのかと……。


 本当だったら、こんなことはやってみないとわからない。先のことなんて、誰にもわからない。

 だからどっちかを信じて選ばなければいけないのだけれど。


「あ、あの! 今日中には決められると!」


 でも三年後の先輩が頑張ってくれれば、私がこの先どうなるかはわかる。

 三年後の私がどちらを選んだのかはわからないけれど――どっちを選んだかわかり、そして三年後の私がどうなっているかわかれば……それが望ましいか望ましくないかで、私も同じ道を選ぶか違う道を選ぶかは決められるはずだ。


 ズルい感じはするけど……でも、どうしても決められないから。


「……今日中? それは、わたしがこうやって急かしたから?」

「あ、いえ、それはとは別で……元々今日にはどうしようか決めようって思っていて」

「ふぅん、それならいいんだけど」


 そう言うと、先輩はいつものクールな澄まし顔でうなずいた。

 三年後の先輩もこのできる女感をなんとか思い出して、がんばっていると信じたい。さっきからスマホに通知がすごいけど……大丈夫かな? 三年後の私と話している最中なはずだけど……会話しながらスマホめちゃくちゃ操作しているってこと? それとも全然話すこともできなくて、まだストーキング中なんてことは……。


「あの、先輩はどうしたらいいと思いますか?」

「どうって」

「あ、ほら……先輩だったら、どうとか……そういう」


 三年後の先輩が頼りにならなそうで、ついつい目の前のクールな先輩にも情けないことを聞いてしまった。

 だって先輩が部長だし、演技力だって部の中で誰よりもある。OGの人たちの劇団にだってきっと誘われているはずだ。でも参加はしていない。

 実は、このことは三年後の先輩にも聞いていたけど「昔のことであんまり覚えていない。結菜のこと以外は興味ないし」と濁されてしまっていた。そのときは、またこっちの先輩は適当なこと言って……と深く考えずそれなら三年後の私に聞いておいて下さい、と頼んで済ませていた。


 でも――。


「……それは、自分で考えた方がいいんじゃない」


 先輩の曇った表情に、私の考えが甘かったこと――間違っていたことに気づく。

 話し始めの言いにくそうだったのも、単に急かすからというだけではなかったんじゃないか。

 OGとの間になにかあるとか……いやでも、先輩は春公演でも卒業生の先輩たちから評判が良くて――あれ、それは実際にはなかったし、三年後のことも先輩に聞いていただけで……。


 なにかが引っかかって、それに引っ張られていろいろなことが気にかかってきた。

 もしかして、なにかを見落として――。


「とにかく、自分で決められそうなら安心した。わたしの意見なんかは気にしないで、八雲が決めるといいから」

「先輩……」


 それじゃあ、と先輩が公園を離れていく。

 呼び止める――いや、追うべきかな? でもさっきからスマホが……三年後がどうなっているのかも気になるし……だいたい、先輩を呼び止めて、追って、私に何ができるって言うんだ。


「私っ、先輩のことが好きです!!」

「は、……はぁ?」


 止まったし、クールだった先輩の顔が引きつった。見たことない顔になっている。


「あっ、あれですよ!? 好きなのは……先輩の演技がですよっ!?」


 ――焦った変なことを口走っているわけではなく、私に取って、これは初志貫徹である。

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