Ture Family 〜真の家族〜

夜凪 叶

第1話

「徹くん、朝ですよー」

気の抜けた朗々とした声が聞こえる。

「まだ、寝たいー」

「わがままはいけません!」

布団がばっと勢いよく俺の身から剥がされる。

「うーん」

重い瞼を擦りながら、双眸を開く。

「まったく、徹くんはお寝坊さんですね」

俺の視線の斜め上に、三船さつきが悠然と佇立していた。奇跡に等しい角度的に、スカートの秘められた奥地が露わになっている。純白の布地。俺は脳内メモリーに解像度フルHDで焼き付ける。

「徹くん、どこ見て……って!」

どすん、と重たい衝撃が脳天を貫く。

「っ、いてて」

「まったく、徹くんは変態です」

そう言いながら、どすどすと足音を鳴らしつつ、さつきは部屋を後にする。そういえば、昨日は青のストライプだったな。ふっ、また俺の秘蔵ファイルが増えちまったぜ。そろそろ外付けHDDでも用意しないとな。なんちゃって。

「よっと」

俺は上半身に勢いをつけ、ぶんと体を振り起こす。今日はとても気分が良い。朝食にでも向かうか。俺は壁一面真っ白に覆われた部屋の鉄扉を二度開ける。二重扉になってるからだ。ちなみにここは北海道ではない。なら何故かって? 理由は察してくれよな。


朝食が既に用意されているホールに向かう。するとそこには、背柱の高い椅子にちょこんと腰掛ける、巫優奈ちゃんがいた。

「おっはー優奈ちゃん、今日も元気?」

「………ん」

こくんと頷くと、優奈ちゃんは小さいお口でぱくぱくとパンを口に運ぶ。その脇で俺は、小柄で華奢な彼女の全身を舐め回すように眺めていた。ああ、今日も可愛いな。お持ち帰りしたいぐらいだ。まあ、それはさておき。俺も食卓に並べられた朝食に手をつける。カサカサのコッペパンに、オレンジジャムを塗ってむしゃむしゃと頬張る。悪くはないが、特段上手いわけでもない。まあ、施設の食事なんてこんなもんだよな。俺はさっさと平らげると、隣席の優奈ちゃんにだる絡みをする。

「ねえねえ、優奈ちゃん。今日の下着は何色かなー?」

「……教えません」

「そこをなんとかさあ、何なら見せてくれたって」

「殴ります」

「冗談、冗談だって」

俺は肩をすくめて、相好を崩してみせた。

「……ならいいですけど」

優奈ちゃんは憮然とした態度ですっくと立ち上がると、どこかに行ってしまった。いつものことだけど、何かつれないよな。女心って難しいぜ。


俺は朝食を摂った後、自室に戻って暇つぶしに一人ジャンケンをしていた。君もやってみればわかると思うが、片方の手に勝たせ続けるのって意外とむずいよな。そんな愚にもつかない児戯に血道を上げていると、例の白服野郎がやってきた。そいつは、俺に得体の知れない糖衣錠を渡しやがる。俺はそれを口に含み、咽頭に流し込むふりをして、白服が去るのを待った。白服が二重扉の奥に消えると、俺は備え付けの洗面台に錠剤を吐き出した。誰がこんなもの飲むってんだ。こいつは俺の高揚感を台無しにしやがる。死んでも飲まねえよーだ。


一人ジャンケンに飽き、読書などという高尚な趣味に没頭していると、さつきが俺の部屋に現れた。

「暇だからきちゃいました」

「ま、こんなとこにいりゃ暇になるわな」

「そうですね。ここに来て、もう一ヶ月です」

俺たちはとある施設に軟禁されている。まあ、外出許可証さえあれば、外に出れないこともないのだが。

「……家族っていいよな」

「え? 急にどうしました?」

「いや独り言」

「そっ、そう……」

しばらくの沈黙の後、俺はおずおずと口にした。

「そういえば、さつき、手首見せてみろ」

「……あまり人にみせるものじゃ」

「いいから」

渋々といった様子で、さつきは俺に手首を差し出す。無数の切り傷。その跡が忌々しいほどに克明に刻まれていた。

「なかなか消えないな」

「そうですね……」

場が重い空気に支配される。すると、さつきが思い出したかのように口走った。

「そうだ! せっかくだし、二人で巫さんのところに行きません?」

「え? まあ、いいけど」

そうして俺たちは優奈ちゃんの部屋に向かった。


「うわっ……」

案の定、部屋は本の山で埋め尽くされていた。心なしか、以前より本の山が膨大になっている気がする。

「何の本読んでるの?」

「…………」

答えようとしない。周囲が見えなくなるほど傾倒しているのだろう。僕はしゃがみこんで本の表紙を盗み見る。夜と霧。優奈ちゃんは読んだ本の内容をすべて暗記しているらしい。いわゆるサヴァン症候群だ。すると、つい眼前に優奈ちゃんの生足が映る。俺は欲望を抑えきれず、生足を覆う邪魔な布を捲り上げた。藍色の水玉模様。再び脳内メモリーにインプットする。

「…………」

これでも反応なし。俺、嫌われてる?

「どうしたー? 恥ずかしくないのかなー?」

「…………」

一向に返事はない。

「優奈ちゃん、少しいいかな?」

さつきが優しげな口調で問いかける。

「……ん、どうかしましたか」

「あれ? 俺のことは無視したのに」

「……セクハラのお返し」

ぐっ、この小娘め。今すぐ身ぐるみ剥がして一糸纏わぬ姿にしてやろうか。いや、クールになれ朝倉徹。幼女ごときにいちいち腹を立てていてはいかん。俺は優奈ちゃんを視姦する程度に留めた。

「せっかくですし、みんなで外出しませんか?」

「外出っすか?」

「そうですよ、遊園地にでも行きましょう!」

俺は優奈ちゃんを見やる。頑固な彼女がそう簡単に承諾するとは……。

「三船さんがいうなら……行きます」

「じゃあ、決まりね!」

「あの、俺の承諾は?」

「朝のセクハラのお返しです」

ぐぬぬ、まさかこんなことになるとは。遊園地。過去の古傷が痛む。背筋を悪寒が走り抜けた。

「あの、俺は遠慮……」

「する権利があるとでも?」

「は、はい……」

拒否する余儀もなく、俺は遊園地へと連れ去られることとなった。施設の詰所で外出許可証を貰う。そうして俺は、純白の牢獄から日差しの眩しい街路へと旅だったのであった。

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