(40)10.4 裁決
翌日。
今日はエデルに裁決が下される。
顔も知らない兵士に縄を括られ、裁判が開かれる場所へ向かう。リョフテラとの戦闘で壊れた城が修復されている中、エデルは鉄格子の小部屋を牽く馬車まで歩かされる。まるで動く牢屋だ。街中の注目を集め、首を刎ねられるのだろうか。
エデルは指示に従い、牢屋に入る。そして城下へ向けて馬車が動き始めた。
まだ朝の早い時間にも関わらず、多くの人々がごった返している。エデルが罰を受けると一報を出したのだろうか。
「本当に、仮面の君……?」「エルが何をしたって言うんだ!」「恩恵のわからない愛し子なんかより、よっぽど助けてくれた!」「仮面の君が罰せられるようなことを、するはずがありませんわ!」「エルさんに、命を救われた!」
ゆっくりと進む牢屋馬車の行く手を、街の人々が阻む。それを兵士が抑えている。それでも尚、街の人々の抗議は止まらない。
このままでは、怪我人も出てしまう。そう思い、エデルは鉄格子越しに街の人々に告げる。
「皆さん、どうか引いてほしい。罪人になるのは、わたしだけで良いのだから」
エデルの言葉に、街の人達が道を譲る。人垣の中央を進む牢屋馬車は、ゆっくりとした速度で街の外れへ向かう。その速度は、子供ですら楽に追いつける。進むごとに、牢屋馬車を追いかける人々が増えていった。
到着したのは、裁判所だろうか。エデルも入ったことがない、髪の長い人物の彫像が置かれている場所だ。精霊王の愛し子がいる国だから、もしかしたら精霊王を表しているのかもしれない。
牢屋馬車から下りたエデルは、縄を引かれて裁判所へ入る。この先に市民は行けないようで、扉が閉められた。外から、エデルを擁護するような声が聞こえている。
そのありがたさを感じながら、エデルは進む。進んだ先は、四方八方から中央の台が見える場所だった。正面には、王と王妃がいる。周囲には、貴族と思われる面々が座っていた。
中央の台の、柵のような場所に縄の端が結ばれる。
「精霊王様の愛し子、アレクシスを誑かした罪は重い。国家反逆の罪である。よって、この者を極刑と」
「お待ち下さい!」
進行役の王が裁決を下す前に、ノーマンがやって来た。言葉を遮られ、王は眉をぴくりと動かす。
「ノーマン、下がれ」
「恐れながら陛下、エル殿の極刑は賛成しかねます」
「
「陛下にも、市民の声が聞こえていると思います! エル殿は、市民からの信頼が厚い。極刑にしてしまっては、慕う者達が暴動を起こします」
「ふむ……。確かに、外の声は無視できないな。して、ノーマン。そなたに何か代案があるのか」
「はい。エル殿はアレクシス殿下の心を奪ったことは事実です。なので護衛の任を解き、新たな任務を与えるのはどうでしょうか」
「新たな任務、とは」
「エル殿は、これまでアレクシス殿下を数多く救い出しました。その功績を見れば、エル殿自身は優れた人物だとわかります。で、あるならば、有効に使わなければいけません」
「早くその内容を言うのだ」
「はい。エル殿には、未開の島……ジュムニ島の開発及び調査をしてもらうのです」
「ジュムニ島……確か、我が国の領土だったか」
「ジュムニ島は無人です。そこで島の開発をしてもらい、今後重罪人が出たときにジュムニ島へ流すというのはいかがでしょうか。我が国の領土ということであれば、そこにも異界門があるかもしれません」
ノーマンの提案に、王はニヤリと笑った。
「なるほど、なるほど……ノーマン、お主もなかなか悪よのお」
「お褒めに預かり光栄です」
「あいわかった。裁決を下す。この者、ジュムニ島の開発及び調査の刑とする」
裁決の結果に、貴族らが手を叩く。エデルはわかっていないが、どうやらジュムニ島なる場所は何かあるらしい。
エデルの刑は、実質島流しだ。しかしひとまず、命は繋がった。開発及び調査にどれくらいの時間がかかるかわからないが、それが終われば任務が終わる。
エデルは裁判所の裏手から馬車に乗り、港まで運ばれた。アルヴィーに会ってから行きたかったが、それは叶わない。
縄に繋がれたまま、船に乗せられる。与えられた部屋の窓は小さく、外から鍵をかけられた。ここまで来て、抵抗する気はない。
エデルは、ジュムニ島へ向かった。
◇◇◇
「そんな……嘘だろ」
エデルが島流しの刑になった翌日。アレクシスは軟禁状態から解放された。とは言ってもまだ、常に複数の見張りが置かれている。城内を自由に歩けるが、本当の自由はまだない。
だから結局、自室にいることになる。自室には、兵士が入ってこない。そこで、ノーマンからエルの刑を聞いた。
頭を抱えるアレクシス。専属護衛とはもう、会えないのかもしれない。
(……おれは、また失敗したのか)
十年前、ジークベルトから子供の作り方を聞いた。傍にいた異性がアマリリスだけだったから、何となく、ジークベルトと話す彼女を見ていた。
そして、二人は精霊王に殺されている。
(そのことを忘れたことはなかったのに、おれは、エルを……)
近くにいる異性だからだけではない。何度も救われ、その勇姿を目に焼きつけてきた。アレクシスのために、事情も知らない内から精神面でも助けてくれている。あれで惚れない方がおかしい。
十年前から、アレクシスの心の動きは精霊王に筒抜けだ。だから気をつけていたはずなのに、気持ちをを抑えられなかった。
「アレクシス殿下。エル殿に会いたいですか」
「会えるのか!」
思いがけない質問に、声が大きくなる。すかさずノーマンが指を自分の口に当てて注意した。
「エルに会いたい。どうすれば会える?」
「計画を伝える前に、注意していただきたいことがあります。アレクシス殿下のお心は、精霊王にばれてしまいます。ですので、その心を乱さず、できれば落ちこんでいるように装って下さい」
「わ、わかった。難しいが、エルに会うためだ。努力する」
「良いでしょう。では、お伝えします」
ノーマンは、港に船を用意してあると言った。アレクシスだけでもジュムニ島へ行けるよう、魔法を使えば動くようになっているらしい。
海賊に襲われるかもしれない。魔物がいるかもしれない。せめてもの自衛のために、魔物避けの効果があるローブを着るように。そんな注意事項は、専属護衛に会えると喜ぶアレクシスの耳には入らなかった。
◇◇◇
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