第10話 エデル、罪人になる

(37)10.1 魔王のペット


 魔界から異界門ホロステレテイスを通って人間界に戻ったエデルは、現在地を把握する。


(ここは……城の中、か?)


 魔界では下に向かって入ったが、出たのは城の建材が使われている天井。その仕組みは不明だが、どこの部屋なのかわからず、壊されていた壁から外を見る。


(殿下!)


 アレクシスが、オレンジの翼を生やした獅子に訓練場で追いかけられている。強靱な肉体に見えるその獅子はいつでもアレクシスに噛みつけそうだが、あえてギリギリの所を逃がしているように見えた。


 エデルはすぐに、壁から飛び出る。高さは三階程度だ。衝撃を和らげる魔法を使わなくても、身体能力だけでどうにかなる。


 アレクシスを助け出そうと駆けようとしたとき、ノーマンを見つけた。クレヴォロノスの魔法でどこかへ飛ばされていたが、こちらに転送されたのかもしれない。


「ノーマン!」

「エル殿! ご無事でしたか」


 ノーマンがエデルに近づいてくる。その表情は不安というような様子で、アレクシスのことを心配していると願う。


「エル殿、今アレクシス殿下を襲っているのはリョフテラという魔物です。あの見た目の通り、走ったり飛んだり、体の倍以上の長い尾で叩いたり、爪や牙も使います」

「殿下の体力がそろそろ尽きそうだ。リョフテラの弱点は?」

「首を物理攻撃です」

「了解した」


 エデルはノーマンの所から走り、アレクシスを追いかけるリョフテラを追う。

 背後から近づこうとしたが、長い尾でその行く手を阻む。では先にアレクシスを救出しようと、アレクシスに目を向けた。


(殿下!?)


 エデルと目が合ったアレクシスは、なぜか今まで以上に走る速度を上げる。そして訓練場を飛び出し、城内へ逃げた。なるほど、地の利を活かすのか。そう思った。


「ガハハハ! 矮小なる人間よ、そんな小細工なんて効かぬわ!」


 リョフテラが城の壁を登っていく。そのときにすでに後ろ足の爪で、跳ぶ瞬間に壁を崩している。一番上まで行くと、前足で殴った。その一撃で、崩れかけていた壁が壊れる。


「殿下!」


 リョフテラはアレクシスの居場所がわかっていたのか、的確に攻撃していた。アレクシスは、壊された廊下の床に手をかけている。


 エデルはすぐに空を蹴り、アレクシスを救出した。その際また抱き上げる形になってしまったが、今は火急の事態。アレクシスも受け入れてくれると思ったが。


「は、離せ!」


 エデルの腕の中で盛大に暴れる。しかしそこで手を離すようなエデルではない。アレクシスが自分の足で立てるような場所まで運ぶ。


 下ろしたのは、ロの字型の回廊がある中庭。


「殿下! 待て!!」


 地面に下ろした瞬間、アレクシスが脱兎のごとく逃げ出した。真意不明のその行動を疑問に思いながら、エデルはアレクシスを追う。


 産まれてからずっと城で暮らすアレクシスと、護衛になってから城内を移動し始めたエデル。地の利は、アレクシスにある。


 まっすぐに追いかけていたはずなのに、アレクシスが反対の廊下を走っていたり、階層が違ったり。姿を見つけたと思っても、次の瞬間には見失う。もしかしたら王族だけ知っている隠し通路でも使っているのかと思うほど、アレクシスはエデルから逃げる。


 何より、アレクシスを追いかけながらリョフテラが攻撃を仕掛けてくるのが面倒だった。地の利があるアレクシスはひとまず安全だと考え、先にリョフテラを討伐しようとする。


 訓練場へ戻り、動きを止めようと水球と火球を繰り出しながら土壁で動ける範囲を狭める。城の壁を壊すような強靱な足をしているから、それも単なる時間稼ぎにしかならない。

 攻撃する機会を作り出し、討伐しようと思ったが。


「殿下!? ここは危険だ!」


 あれだけ逃げ回っていたアレクシスが、エデルの前に立ってリョフテラと対峙しようとしている。城の中へ運ぼうと近づくと、小さく跳ねてどこかへ逃げていく。


 改めてリョフテラを見ると、またアレクシスが戻ってきた。エデルの手が届かず、エデルが動き出したらすぐに逃げられるような距離だ。もう、意味がわからない。


「殿下! 城の中へ!」

「い、嫌だ! おれはここで戦う!」


 装飾剣を捨て、実践的な体の動かし方を学び始めた。アレクシスは、確実に変わろうとしているのだろう。しかし、今ではない。


「ガハハハ! ワシを忘れてもらっては困るぞ!」


 リョフテラが、まるで遊びの延長のように前足を動かす。エデルはその攻撃を避け、背後を取った。長い尻尾を両手で掴み、その場でぐるぐると回る。訓練場を囲む城の壁は崩れてしまうが、壊れたものは修復すればいい。


「お前は邪魔だ!!」


 回転して勢いを強めたエデルは、叫ぶように言いながらリョフテラを放り投げた。リョフテラが壊した壁の延長線上にかっ飛ばす。小さな点になって見えなくなったから、相当遠くへ飛ばせただろう。

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