第9話 エデルとアレクシスの心理的距離

(34)9.1 異性を知らない魔人


 エデル達アレクシス一行は、王都へ戻ることになった。破損した箇所は、国が責任を持って修繕するらしい。


 慰安地へ来たときと同じように、馬車の中はアレクシスと護衛のエデル、王子補佐のノーマンが乗っている。来たときと違うのは、エデルの心情だろうか。


(……馬車の中は外から見えないし、顔を明かすのなら今のはず)


 正面に座るアレクシスを見ると、目が合った。


「どうした、エル」

「い、いや……」


 夏の空のような青い瞳に見つめられると、思わず言葉を失う。初めてアレクシスと遭遇したときにも思ったのだ。目を引く容姿だと。


(というより、目を離せない)


 アレクシスと見つめ合うような状態になってしまったエデルは、ノーマンが空気のように気配を消してくれていることに気づかない。


「相談事か? 聞くぞ」

「いや……相談ではなく、っ」

「エル!?」


 突然襲われた、空間が歪んだような違和感。宙に浮いたような浮遊感もあり、エデルはとっさにアレクシスを守るように抱きしめて周囲を窺う。徐々に呼吸が苦しくなってきた。


(ここは、魔界か!?)


 突然の違和感と浮遊感。そして苦しい呼吸。エデルはすぐに指を弾いて聖の気を纏う。そして苦しみに顔を歪めるノーマンにも、聖の気を纏えるようにする。


「世界に満ちる光の精よ、我に力を与えよ! 光膜ライトベール!」

「エル殿……ありがとう、ございます……」

「エル。ここはもしかして」


 魔界か。そうアレクシスが質問しようとしたとき、馬車の天井が急になくなった。灰がかった空に、魔人がいる。


「はっはっはー。これで俺の天下だぜ!」


 まるで自分に注目しろと言わんばかりの登場をした魔人。その主張に巻きこまれてしまった、御者を務めた兵士が馬上からゆっくりと倒れる。どさっ、と聞こえた音からして、絶命してしまっているだろう。


「一体、二体……もう一体はいらないか」


 黒髪で金の瞳をした魔人は、まるで余興を楽しむように舌舐めずりをした。黒地に金の刺繍が入った服を着て、左手は腰に、右手を捻れた角付近に上げる。そして指を弾く。何度も弾く指は次第にその間隔が早くなり、弾いた指をノーマンへ向けた。


「アレ」

「ノーマン!?」


 ノーマンの周囲に黒い渦が生じたかと思うと、的確に、ノーマンだけがその渦に吸いこまれてしまった。

 エデルは、すぐにアレクシスの前に出る。


「おーおー。勇ましいねえ」

「お前は何者だ!」

「人に名前を聞くときは、自分から名乗るもんじゃねえの?」


 魔人は不愉快そうに語気を強める。それだけで、思わず怯みそうになった。


「わたしはエルだ。さあ、名乗ったぞ。お前も名を名乗れ」

「わたし? お前、まさか女か?」

 エデルの性別を怪しんだ魔人が、空中から馬車に入ってくる。体型はアレクシスとさほど変わらないのに、強者だからだろうか。天井はなくなってしまったのに息苦しい。


「エルに近づくな!」

「うるせえ人形だな!」

「殿下!!」


 額の前で魔人が軽く指を弾いただけで、アレクシスは馬車から飛ばされてしまった。すぐに駆けつけようとするが、魔人が立ち塞がる。


「あの人形のことはぶっちゃけどうでもいい。あの辺で倒れていれば、俺の計画にも邪魔にならないしな」

「計画? 何をする気だ」


 魔人を睨む。しかしエデルの睨みなんて気にしていない魔人が、何かを確かめるようにエデルに顔を寄せる。


「んん……女臭いかと思ったが、そうでもないな? しかし人形はどれも同じような臭いだからな」


 黒と金。その配色は、討伐したばかりのフェリエヌやデカパと同じだ。先の魔物はこの魔人の配下なのだろう。

 フェリエヌのときのように注意がそれている間に殴ろうと思ったが、その手を握りつぶされる。


「ぐぁっ……」

「んー。そんな鳴き声じゃ、女じゃないか」


 魔人から離れ、治癒魔法をかけようとする。しかし宙に浮く相手は距離を詰めるのも早い。エデルが開けた距離なんてものともしないで、胸に手を伸ばしてきた。


「一応確認。ん、お前、なかなか鍛えているみたいだな」

「ふざけるなっ」

「んだよ、男同士だろ? 胸筋を触られたぐらいで苛つくなよ。寧ろ誇れ」


 無事な方の手で殴りかかるが、ひらりと躱された。多少は感情的になってしまったとはいえ、実力の差がありすぎる。アレクシスを抱えて逃げたとしても、すぐに追いつかれてしまうだろう。


「お前が男だとわかったから、俺の名前を教えてやる。俺はクレヴォロノス。今からお前は俺の配下だ」

「は?」


 突然何を、と思ったのも束の間。クレヴォロノスはエデルの頭を両手で鷲掴みにした。何やらぐっと力を入れられるが、頭を潰そうとしているのだろうか。


「ん? 何で変化しない?」


 クレヴォロノスは、何かをしたいらしい。しかしそれが叶わず、エデルのすぐ目の前で油断している。


「この、離せっ」

「ぐっ……」


 殴りつけ、握りつぶされた手の治療もした。


「一応言っておくが、俺ら魔人級に人形の魔法なんて効かないからな? 小癪な精霊王をぶっ倒すために鍛えてっから」

「それがお前の計画か」

「計画の一部って所だな。小憎たらしい精霊王をぶっ殺して、俺が魔王になるんだ。お前には、その手伝いをさせてやる」

「断る」

「お前に断るなんて選択肢はねえよ」


 クレヴォロノスが指を弾くような手つきになる。バッと後ろを見れば、血を流したアレクシスが近づいてきていた。


「止めろ! 殿下をこれ以上傷つけるな!」

「それはお前次第だな、エル?」

「……わたしに何を求める」

「その人形の管理、及び俺の計画を手伝え」

「わかった。従おう。その代わり、殿下の傷を治療させてほしい」

「それぐらいなら許可してやんよ」


 エデルはすぐにアレクシスの元へ行き、魔法で傷を治し始めた。そしてクレヴォロノスにばれないよう小声で、状況を伝える。


「殿下の命が奪われるのは、すぐではないらしい。これからあいつの命令に従うふりをして、逃亡の機会を探る。それまで殿下も従順なふりをしていてほしい」

「……わかった。おれはエルよりも弱い。今は、エルの言うとおりにする」

「おい、まだかあ?」

「今終わった」


 アレクシスを連れ、クレヴォロノスの所へ行く。満足そうな笑みを浮かべるクレヴォロノスは、これから俺の基地に行くと言った。


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