(14)4.2 アレクシスの夢
翌日。
エデルを男と認識し童貞という仲間意識が芽生え、高熱でうなされる中声が届いていたのだろう。出会ったときとは比べものにならないぐらい、アレクシスに懐かれた。
「なあ、エル。付き合えよ」
「わかった。何をすればいい?」
今日も今日とて昼頃に目を覚ましたアレクシスは、エデルを訓練に誘ってきた。訓練場へ行くと、兵士長が青い宝石がついた装飾剣を持ってくる。
「殿下。一昨日も思ったんだが、その剣は訓練向きではないと思う」
「そうか? 良い感じじゃね?」
「自分と同じ瞳の宝石をつけたい気持ちはわからなくもないが、実践向きじゃない。その青い宝石が壊れたらどうするんだ」
「壊れたら新しい宝石にすれば良いじゃん?」
「わたしが不勉強ならば申し訳ない。王族というのは、民の収める金で生活しているのではなかったか」
「そうなんじゃね?」
「で、あるならば、庶民の人生を破産させるような宝石を武器につけるべきではない。それに仮につけたとして、その大きさの宝石なんて簡単に用意できないだろう?」
「そうなん?」
アレクシスが兵士長を見る。王族に意見することは、精神的重圧があるのだろう。兵士長は青ざめながら何も言えないでいる。
「殿下は王族だ。そもそも、どうして体を鍛えている? 今はわたしもいるし、兵士達だっているだろうに」
兵士長を救うため話題を変えると、アレクシスは何度か瞬いた後に顔をそらす。「話すときは正面で」を地で行くエデルは、アレクシスの顔を見るため移動する。
「っ、見んなよ」
アレクシスは、恥ずかしそうに赤くなっていた顔を腕で隠した。
「すまない。何か困らせるようなことを聞いたのだろうか」
エデルをじっと見たアレクシスは、まるで内緒話をするようにエデルの肩を掴んで顔を寄せる。
「内情を知っているお前だから話すんだからな。笑うんじゃねえぞ」
「もちろんだ。何を笑う必要がある」
「……おれが体を鍛えている理由は、いつか好きな人を自分の手で守りたいからだ」
「? それは別に普通のことでは」
なぜ恥ずかしがるのかわからなかった。しかしすぐに、愛し子のことを思い出す。
精霊王の所有物扱いということで、生涯独身を貫かなければいけない。それはつまり、アレクシスの願いは叶わないということだ。好きな人ができたとしても、恋人にはなれない。片思いしかできないのならいっそ、好きな人などできない方が良いのでは。
(街の人を手伝った後に食事をいただいているときに聞く内容は、大変なものばかりだ)
エデルが同情の念を抱いたと気づいたのだろう。アレクシスはエデルから離れて体を伸ばす。
「愛し子は、三歳の誕生日に決まるらしい。その時のことなんて全然覚えてねーけど、おれの顔が光っているのは愛し子だという証拠。おれを利用しようとする人間には、顔や存在が認識できないようになっているらしい」
アレクシスは、全てを諦めているかのような顔をする。エデルと同じ年。まだ十八なのに、それはあまりにも酷だろう。
しかし、と考える。
「……わたしは、殿下の表情も瞳の色も見える。光ってはいるが」
「お前がおれを利用しようとしていないってことなんじゃね? 光って見えるのは誰でも共通なのかもな」
にっと笑うアレクシスは、エデルの肩を再び掴む。
「だから、お前のことは信用しているんだぜ? よろしくな、エル」
「もちろんだ。護衛という任務、必ずやり遂げてみせる」
「おれの護衛は頼もしいな」
ははっと笑いつつ、アレクシスは元気がないように見えた。
三歳で決められてしまった自分の生き方。そもそも王族だから、多少の制限はあるだろう。好きな人と結婚というわけにもいかないはずだ。そして、精霊王の愛し子という制度。
それでも尚、好きな人を守りたいという夢を持っている。
(なんて、純粋なのだろう)
エデルは、大抵のことは何でもできる。知らないことでも、手本を見たり知識を得たりすれば、すぐにできてしまう。
だから、制約に負けないアレクシスが輝いて見えた。
「殿下」
「ん? どーした?」
向けられる青い瞳は、エデルのことを男だと信じて疑わない様子だ。だから、夢を教えてくれた。性別は、いずれ明かさないといけないだろう。それは早い方が良い。しかし、今はまだ、性別を明かすことを躊躇ってしまう。
「何だよ? 何か言いたいことでもあるのか」
「あ、いや……」
精霊に力を借りて魔法を使う世界だ。愛し子のアレクシスは存在するだけで有益なのだろう。だから不必要なことは教えない。多くの人と交流させない。城から出さない。
それは、あまりにもつまらない人生じゃないか。
そう考えると、エデルはアレクシスにもっと世間を知ってもらいたくなった。世の中には、たくさんの楽しいことがあるのだと。
「……殿下。提案がある」
エデルの話を聞いたアレクシスは、また諦めたような表情になる。そんな表情ばかりではなく、もっと年相応の表情をさせたくなった。
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