(11)3.3 魔王の思い
「この中では一番、君があたしの好みかもぉ。さっきの踏みつけも、すっごく良かったよぉ」
豊満な体がギリギリ見えないぼろい服を着た女性がいる。ふわふわの紫の髪からは捻れた角が生え、紫の瞳は欲に溺れているように濡れていた。
「ねぇ、おねがぁい。もっとあたしを痛めつけてぇ」
「近づくな!」
バッと、素早く拾った装飾剣で魔人をなぎ払う。確かな手応えを感じた。しかしアレクシスを片手で抱えていたし、人型の魔物のせいか若干の躊躇いがあったのだろう。討伐しきれなかったようだ。斬った魔人の胸元から血が滲み出ている。その血を、魔人は指でなぞって舐めた。
「んんー。やっぱり君はいいねぇ。あたしのこと、もっと傷つけてぇ」
とろんとした瞳でエデルにしなだれかかってきた魔人は、急にしゃきっと立って振り返りもしないで背後の兵士達を屠る。兵士達の叫び声が響く中、魔人は不服そうに指を唇に当てた。
「あんな汚い声じゃつまらなぁい。やっぱり、君だよねぇ。ねぇねぇ、あたしのこと苛めてぇ?」
魔人に迫られているエデルは、魔人の背後の息がある兵士達の傷を回復しようとした。しかしアレクシスを抱えてながら魔人を警戒していたため、動くに動けない。
自分ができる限りの救助をしようとしていたエデルを見た魔人が、不敵に微笑む。
「ちょっと一回、魔界に戻ろうかなぁ。あたしはマゾンデリコス。君は?」
「……エルだ」
「それ、本当の名前ぇ?」
性別がばれることは御法度だと言われている。アレクシスの意識はないようだが、兵士達がいる。エデルと本名を明かすことはできない。
エデルの事情なんて知る由もないマゾンデリコスは、まぁいっかーと微笑む。そして、エデルの両頬に手を添えるや否や、唇を重ねてきた。
「ッ!?」
どろりとした何かが、口の中に入ってくる。思わず抱えていたアレクシスから手を離し、装飾剣も落として口の中のものを吐き出す。手を入れて強引に吐き、口元を拭う。
「わぁっ。豪かぁい! でも残ねぇん。あたしのお気に入りの目印、エルの中に入ったよぉ」
マゾンデリコスが、目を細めながらエデルを指差す。その指は口元から下へ行き、腹部の辺りで止まる。まるでそう感じるように自己暗示をかけられたかのように、マゾンデリコスの指の動きの通りに体の中に違和感を覚えた。
うふふ、と笑うマゾンデリコスは、エデルの影に沈んでいく。
「これでいつでもエルの所に行けるねぇ。また今度、あたしのことを苛めてねぇ」
「待てっ」
剣を拾ってマゾンデリコスを刺そうとしたが、叶わなかった。影の中に消えたマゾンデリコスの気配は、もう感じない。
危機を脱したエデルは、アレクシスの呼吸を確認する。寝ているだけだとわかったため、まだ助けられる兵士達に治癒魔法を施す。
「世界に満ちる光の精よ、我に力を与えよ!
そのときのエデルは、人命救助に全力投球で気づかなかった。マゾンデリコスという圧倒的な力を目の当たりにした後、エデルが治療をすればどんな目で見られるのかということを。
仮面で隠していない口から紡がれる言葉は、まるで聖母のごとく。性別なんてどうでもいい。エデルという属性の人間だと思わせてしまうほど、兵士達は一様に頬を染めていた。
§§§
部下の気配を感じた魔王は、
長く捻れた角がある牛頭の頭蓋骨。黒地にオレンジの刺繍がされた服とマント。刺々しい肩鎧と、禍々しい尖頭靴。一呼吸する間に年端も行かない女児から、二メートルを越えるような
魔王とは、当代の魔族の中で一番魔力を有する者がなる。従って、魔王の術はばれない。
魔王城の玉座に座って足を組んで待つ。
マゾンデリコスは、床にある影から出てきた。
「魔王様ぁ。面白い人間を見つけたよぉ」
「マゾンデリコス。んんっ。マゾンデリコス。お主が言う人間とはどんな奴だ」
魔着で見た目を変えることを思いついても、声帯の変化までは考えられなかった魔王。咳払いをして誤魔化し、「魔王」らしい威厳があるような声色になるよう声を張った。
「魔王様みたいなおっきい魔力があってぇ、キラキラした魂の子ぉ」
「ほぅ? それは興味深い」
「でしょぉ? 魔王様なら問題ないと思うけどぉ、有象無象の中でもわかりやすいように目印つけたよぉ」
「そうか。報告は以上か」
「そぅー」
「ならば、一刻も早く
「はぁーい」
マゾンデリコスが床にある影に入っていく。
部下がいなくなったことを確認すると、玉座の後ろにある自室へ行った。そして「世界地図」の中央に、力一杯ナイフを突き立てる。何度も傷つけられた世界地図は、四隅と枠が残っているばかり。世界地図を置いている机も、長年魔王の怒りを受け止めたため、深く抉れている。
「呪い子さえ手に入れれば、あいつを精霊界から引きずり出せる」
三五九日前の恨み。あの日の出来事は、一日たりとも忘れたことはなかった。
§§§
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