未来の娘がタイムスリップしてきて、求婚してきた
マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ)
第1話
「パパだいすき~。けっこんする~」
夢を見た。小さな子供―――俺の娘が、俺に抱き着いて、好意を全力で伝えてくる。微笑ましい光景だ。
「そっか。……でもな、パパとは結婚出来ないんだよ」
そんな娘に対して、夢の中の俺は、まさかのマジレスをしていた。そりゃあ確かに親子で結婚は出来ないが、結婚の意味も理解していない子供に対して言うことではないだろうに。
「えぇ~? なんで? なんで?」
「どうしても。法律で決まってるの」
案の定駄々を捏ねる娘に、俺は優しく、けれど容赦なく諭していた。
「ほうりつ? じゃあ―――」
娘が何か言いかけたところで、意識が浮上してくる。―――夢が、終わるのだ。
◆◆◆
「……変な夢だったな」
俺―――橘朝日は、目覚めて早々そんな言葉を漏らした。なんせ、夢の内容があまりにも荒唐無稽すぎた。夢の中では俺に娘がいて、「パパだいすき~」って言われていた。だが、現実の俺はまだ高校生で、娘どころか結婚もしてないし彼女すらいない。絶対にあり得ない夢だった。
「まあ、いいか」
とはいえ、夢なんて所詮は支離滅裂で現実感のないものである。一々気にすることでもない。俺は起き上がると、朝の支度を始める。今日も学校だ。
「朝日、おはよ~」
「……おう、小夜」
通学路の途中で、俺は幼馴染の根岸小夜と出くわした。彼女とは通学路が途中から同じになるので、朝はよく出会うことが多い。
「朝日、なんか眠そうだね? 夜更かしでもした?」
「ん? ああ……いや、ちょっと変な夢を見たからな、そのせいだと思う」
「変な夢って?」
一緒に学校へ向かいながら、俺は夢の話をした。いるはずのない娘が出てくる夢だったと。
「ふーん。でも、夢ってそういうところあるよね。私もいるはずのない弟とか、死んじゃったお祖父ちゃんとかたまに夢に出てくるし」
「いや、架空の弟はともかく、お祖父さんは夢に出てきてもおかしくないだろ……」
小夜のお祖父さんは俺も小さい頃に出会ったことがある。寡黙で不愛想な人だったけど、孫の小夜に対してだけはデレデレしていたのが印象的だ。彼は実在した人物だし、小夜の夢に出てきても何ら不思議はないはずだろう。
「そうだけど、さ。夢って現実を反映してないよねって話」
「それは確かにそうだな」
俺だって別に、今朝の夢をそこまで気にしているわけじゃない。あんまり深く考えないほうがいいだろう。……この時はまだ、そう思っていた。
◇
……放課後。
「じゃあ朝日、またね」
「おう、また」
授業が終わって。小夜が先に教室を出た。これから友達と寄り道するらしい。……小夜とは、お互い用事がない日はよく一緒に帰っている。とはいえ、どちらかに用事があることも多いので、頻度で言えば三日に一回程度だった。
「さて、俺も帰るか」
そんなわけで、俺は一人で帰宅することになった。鞄を背負い、学校を出る。
「そろそろ中間テストだし、勉強しないとだな……」
独り言を漏らしつつ、俺は家路に着いた。家までは大した距離ではないので、すぐに到着する。
「ん? あれは―――」
家のすぐ傍まで来たところで、俺は気づいた。家の前に、女の子が一人佇んでいることに。
「誰だろ、あの子」
見た感じ、俺と同年代くらいの子だ。制服を着ているから学生なのは間違いないだろうけど、うちの学校のものとは違うから、他校の生徒だな。とはいえ、俺に他校の女子の知り合いなんていない。家族の誰かの知り合いかもしれないけど……それにしたって心当たりがない。
「……あ」
すると、その少女が俺のほうを向いた。その子の顔を見て、俺はどこか既視感を覚えていた。確実に知らない子のはずなのに、何故か見覚えがある。そんな顔だった。
「……良かった、会えた」
そして、少女は顔を輝かせると、こちらに向かってきた。そうして、抱き着かんばかりの勢いで突撃してくる。
「え、ちょ、まっ……!」
戸惑っている間に、少女との距離が一気に縮まり、最早回避が間に合わなくなっていて。俺は咄嗟にその子を受け止めた。
「ぐぇっ……!」
腹部への衝撃に、俺は思わず呻き声をあげた。何とか倒れ込むことだけは堪えたけど、正直きつい。
「ねえ、結婚しよう!」
「……は?」
その直後、少女はとんでもないことを言い出した。初対面でプロポーズされて、俺は思わず耳を疑う。
「この時代なら結婚できるよ、パパ!」
「パパ……?」
続く言葉に、俺は今朝の夢を思い出した。娘からプロポーズされるという、今と全く同じシチュエーション。違うのは、両者の年齢くらいか。
「パパと結婚するために、タイムマシンでこの時代までやって来たんだから!」
「たいむましん……?」
駄目だ、情報量が多すぎて頭がパンクする……。
「ねぇ、早く結婚しよう! パパ!」
未だに縋り付きながら求婚を繰り返す少女に、俺は途方に暮れるしかなかった。
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