07.恐怖。
「はっは!脆い脆い!これはどうだ?」
「ふ、ふふふ、痛い?ねぇ、痛い!?死ぬってどんな気持ち?ねぇねぇねぇ!」
「あら、あなたいい男ね?食べちゃいたいわぁ、んねぇ、食べていい?いいわよね?」
戦場を縦横無尽に動き回り敵を片っ端から片付けるエデンの面々。普段であればその言動にドン引きするであろうイルフは現在息も絶え絶えになりながらも必死に脚に力を込める。
その理由は、例の悪鬼ことディックに置いていかれないようにするため。1週間もご飯が食べられなくなるなんてふざけてる。その思いで駆けるイルフだがいかんせんディックが速すぎる。
「オラァ!どいつも!こいつも!歯応えがねぇなぁ!」
左右それぞれに握られた剣で視界に入る敵を文字通り瞬殺していく。走りながらにも関わらずその剣筋は正確に首や頭蓋を貫き切り付け、ディックの通った跡には命を散らした兵士の死体で溢れかえっていた。それをみていたイルフは一切無駄な動作がないことに驚愕する。他の団員たちも確かに強いが、この男は格が違う。違いすぎる。
「おいクソ虫、お前もはやく殺せや。最低10って俺言ったよな?とろとろしてっと殺すぞ。」
「ゼェ、ゼェ、ぼ、僕も殺さなきゃ、ダメなのか。」
「当たり前だろ、何のために戦場にまで出てきてんだ。ただついてくるだけなら誰でも出来るわ、さっさとしろ。」
この会話の間も動きを全く止めることなく葬り続けるディック。そして今この瞬間ノルマを改めて課されたイルフは息も絶え絶えになりながらも、必死に頭をぶん回しディックの言葉を咀嚼する。
「おら、あそこに固まってる奴らのとこに斬り込んでこいや。」
思考に没頭していたイルフの背中を、目が覚めるような蹴りで送り出すディック。そのまま顔面から地面にダイブしたイルフは、悪態をつきながらも正面を見据える。目の前に少し走れば届く距離にいる兵士たち3人。それ目掛けてイルフは走り出す。
「く、くるならこい!化け物ども!」
「落ち着け!相手は坊主だ!あいつらみたいな化け物じゃない限り大丈夫、なはず!」
「た、確かに言われてみれば。くそっ、子供を傷つけるなんてしたくねぇがこっちにも家族がいるんだ!やっと収穫期に入って子供も生まれたってのにこんなとこで死んでたまるかよ!やるぞお前ら!」
「「おう!」」
イルフに気づき剣を構える兵士たち。最初は混乱していたが、落ち着いたのかその目には闘志が宿っていた。絶対に死んでたまるか、その想いが目から見てとれた。
自身も気合いを入れようと剣を握る拳に力を入れるが、そこで気づく。手が、震えている。
(なんで、こんなに震えて!?ディックの時でも、ここまで酷くなかったのに!)
突然の震えに動揺し、敵の目の前にも関わらず意識が霧散してしまった。戦場で敵の目の前で固まる、そんな馬鹿なことをしてしまえば当然
「なんだかしらねぇが急に固まったぞ!チャンスだ!いくぞ!」
「ぐっ!?」
敵に簡単に攻められてしまう。全く待ちの体勢を作れていなかったイルフは、斬りかかられて咄嗟に防ぐことしか出来なかった。その一撃で元々歪だった体勢が更に崩れ、残りの兵士2人がその隙をつくべく仕掛けてくる。
1人は振り下ろし、1人は横なぎをして確実にイルフを仕留めにきた。剣を構える暇すらなく、無様に転げ回ることしかできないイルフは必死に避け続ける。
何故、自分はこのような醜態を晒しているのか、何故、自分はこんなに逃げ回っているのか。
最初に湧き上がっていた闘志も、気づけば崩れ去っていた。
戦場が怖い、敵が怖い、自分は一体なにを過信していたのか。素振りをし続け、少し剣のことがわかった気になっただけだった。剣を握ったこともないような農民相手ですらこの様だ。酷く、自分自身が憎い。側から見ても、醜いだろう。
必死に逃げまわっているが、それでも全てを避け切れるわけではない。体には徐々に傷が増えていく。痛い、熱い、けれど何故か耐えられる。あの悪魔に比べたら、まだ優しいほうだ。
「この坊主、ちょこまかちょこまか逃げ回りやがって。」
「でも、あいつらみたいに強いってことはなくて安心したな。」
「はやくこいつ片付けて逃げちまおう。1人は倒したんだって言い訳がつく。」
目の前の兵士どもも自分が脅威ではないと認識し余裕を持って近づいてくる。対して自分はボロボロで、土に塗れところどころ致命傷を避けたとはいえ切り傷だらけ。我ながらとことんダサいなと思ってしまう。
ふと、手に視線を落とす。手はまだ震えていた。しかし、心は逆に落ち着いてきていた、斬りつけられて思考が整ってきた。痛い、熱い、普段から感じていた日常の痛みが逆に冷静にさせてくれるなんてと苦笑する。あの悪魔に感謝はしたくないからしないが、と心の中で思いつく限りの暴言を吐く。
「一つ、聞きたいことがあるんだけど。」
「あぁ?なんだ坊主、なにが聞きたいってんだ?」
イルフの様子が変わったのを見てとったのか、兵士の一人が立ち止まり問い返してくる。
「僕が、なにに見えるかな?」
そう問えば、兵士は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「なにって、ただのガキにしか見えねぇな。」
「そっか、そうだよね。…それじゃ、いくよ。」
手は未だ震え、体は満身創痍。しかし心は澄み渡り、空気が肌を刺す感覚が心地よく感じる。
恐怖することは悪いことではない。生き物ならば、人ならばこそ当たり前の感情である。恐怖とどのように向き合うか、それ次第で幾千幾万の未来に枝別れる。今はまだ、恐怖を飼い慣らすなどということは出来るわけがない。ただ、恐怖と向き合うことは出来た。ならば、今はそれでいい。
手にはぼろぼろの剣。見てくれも悪く、機能もまともではない。だからこそ、とイルフは思う。ぼろぼろで空っぽな自分にピッタリだと強く思う。
重心を前に傾け、右手に持つ剣を左肩付近にまで持ち上げる。目線は高く、意志を固めて敵を見据える。相手は3人、自分は1人。自分でも何かが出来ると強く信じて、一歩を踏み出す。
それは、力強い、未熟な一歩であった。
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