あこがれのトリ(KAC2025参加作品)
伊南
第1話
「……よ」
ぼんやりとした夢うつつの中、小さく聞こえた声にあたしはうっすら目を開ける。
「──目覚めよ、ニンゲン」
次いで聞こえた、鳥が鳴くような澄んだ声。はっきり聞こえたその声にあたしはパチっと目を開けた。そこにいたのは──
「喜べ、ニンゲン。お前は我に選ばれた」
神々しく金色に輝くトリの降臨──……ではなく、小さなくちばしをぱくぱくさせているヒヨコの姿だった。柔らかそうな羽毛がふわふわしていて、目もくりっとして可愛い。
「どうした、我の神々しさに言葉もないか──」
「うっわ、かわいー!!」
得意気に胸を張りかけたヒヨコの言葉を遮って、あたしはヒヨコを抱き上げてそのままモフる。ふわふわの羽毛が柔らかくてたまらない手触り。最高。
「止めんかー!!」
手の中から抗議の声が聞こえるがそれを聞き流して撫でた後、ヒヨコを地面にそっと下ろし。ふぅ、と息をついてから口を開いた。
「……で、なんでヒヨコが喋ってるのかな」
「…………撫で回す前にそこに疑問を持ってくれんか…………」
ぐったりした様子で疲れた声をもらすヒヨコの姿に再び抱き上げたくなる気持ちを抑えつつ、あたしは膝をついてヒヨコが復活するのを待つ。
五分くらいぐでっとなりながら「……選ぶニンゲンを間違えたかなぁ……」とブツブツこぼしていたヒヨコだったが、ややあって姿勢を正し、二本の小さな足でしっかりと立ち上がった。
「まぁ良い、改めてニンゲンよ! お前は選ばれた! この我が何でもひとつ、お前の願いを叶えてやろう!」
「え?」
ピィピィと鳴いているような声で高らかに宣言したヒヨコにあたしは目を丸くする。何その突然のどっかの神様みたいなムーブ。いや、どっちかというと悪魔か魔王なのかな。願いを叶える代わりに魂を奪うとかそういう感じ?
それを口にしたら「失敬な!」と言いながら小さな羽をパタパタと動かして遺憾の意を表明した。本人……じゃなくて本ヒヨコにはそのつもりはないだろうけど、可愛すぎる。
「見返りなど要らぬ。ここはお前の夢の世界。我の力を少しばかり使って、お前の望みを叶えて見せるだけの世界だ。……実際に起こす訳ではない事象に対価は求めん」
きっぱりと否定を述べるヒヨコに対して、浮かんだ疑問からあたしは首を傾げた。
「ふうん……でも、少しは力を使うんだよね? 何のメリットもないのにする理由が判らないけど……」
「……細かい事を気にするな。我は人の子に幸福感を与えるのが仕事なのでな」
「…………」
その言葉にあたしは開きかけた口を閉じ。うーん、とひとしきり考えてから、ぽん、と柏手を打つ。
「じゃあ、あたし翼が欲しいな」
「翼?」
ヒヨコが首を傾げるのを見ながら、あたしは口元に笑みを浮かべる。
「そ、翼。あたし、鳥みたいに空を飛ぶのあこがれていて。こう、高い場所から街並みを見下ろすの」
「……鳥みたいに……」
その言葉を聞いた途端、ヒヨコの表情は変わらないが発する空気が呆れたものになった。
「随分と軽い気持ちで鳥になりたいなどと口にしたものだ。いいか、鳥は空を飛ぶために非常にストイックな生き方をしていて、軽量を維持するための厳しい食事制限、羽ばたくための筋力トレーニングなど、様々な事に耐えて鳥は空を飛ぶのだ。お前にその覚悟があるのか?」
「えぇ……夢の世界とか言ってたのに急に現実を突きつけてくるじゃん……」
態度を一変させたヒヨコにあたしが一歩下がれば、ヒヨコはか「む、すまん」と素直に謝罪を口にする。
「鳥のことになるとつい熱くなってしまってな。話を戻そう」
ヒヨコはピィ、とひとつ鳴いてからあたしに向き直った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます