きっとそこに、あこがれがあった

季都英司

第1話:雲とシフォンケーキと、ティータイムのきっかけ

 雪に包まれた森の中、ひっそりとたたずむ不思議な洋館の中で、ちぐはぐな二人がティータイムを楽しんでいた。

 一人は、普通の中学生ミライ。まあ、こんな洋館におしかけてティータイムを楽しむ子が普通かどうかは怪しいところだが。

 そしてもう一人は、旅の魔女を名乗る老人手前のどこか気品のある女性。全身を紫で包むこの女性、魔女という名は伊達ではなく本当に魔法を使うところが侮れないところだ。

 旅の魔法と呼ばれる魔法を使い、世界を越えて旅をすることと、別の世界を窓の向こうに映し出すことを得意としている。


 そんな二人は、いつものように『魔女の窓』を見つめて、思い思いの飲み物とお茶菓子を楽しんでいた。

 『魔女の窓』は旅の魔女が旅してきた別の世界を映し出す窓。今は二人のティータイムの大事なおともになっている。この世界には無いはずの魔法の産物であり、本来とてつもない不思議のかたまりのはずなのに、現実にはこうして映画かなにかのように扱われているのが気が抜けるところ。


 ミライは紅茶、旅の魔女はコーヒーを堪能しながら、今日の窓の向こうに見える

遙か広がる雲の大地の景色をながめている。今日のお茶菓子は、旅の魔女お手製のシフォンケーキだ。窓の向こうの景色にあわせたというわけではないのだろうが、まるで雲のようにふわふわで、差し入れたフォークがはずむようなやさしい弾力が手に伝わってくる。

 ミライはシフォンケーキをひとかけとると舌の上にそっとのせる。優しい甘さととろけるような舌触りが口の中を魅了した。

「うーん、今日も魔女のケーキ最高!」

「そうかい」

 魔女の返事はそっけないが、悪い気はしていないようだ。自分でも一口食べると、何も言わずにうんと一つうなずく。満足のできのようだ。

「今日の窓は雲の世界だもんね。それにあわせてつくったの? 名付けて雲のシフォン!とか」

「そんなわけないだろ、偶然だよ偶然。たんにあたしが食べたくなっただけさ」

「それに添えてあるクリームも雲イメージみたいで素敵! ふわっと軽くて口溶けも軽くてさ。魔女、カフェとかお菓子屋さんやれるよ」

「やだよ、そんな面倒なこと。あたしは自分が食べたいからつくってるだけなんだからね。ティータイムには美味しい飲み物とお菓子。どの世界のどんな時代でもこれが決まりだろ」

「まあねー。私の世界でもそうかも。でも、私にもつくってくれるんだね」

「自分の分だけ作る方が難しいからね。余った分を出してるだけさ。調子に乗るんじゃないよ」

「へー、まあそういうことにしておいてあげる」

 ミライはどこかニヤニヤとしながら、紅茶とシフォンケーキを堪能している。

 どちらにせよ、二人ともたわいの無い会話に興じながらも、このティータイムを満喫しているようだ。


「ねえねえ、魔女。魔女って、これまでずっと旅してたんでしょ。こんなに落ち着いてティータイムなんてあんまり無かったんじゃないの?」

 ミライはなおもシフォンケーキの手は止めないまま、そんなことを訊ねた。

「旅って言っても、長滞在することもあったからね。別にいつもその日暮らしってわけじゃないんだよ」

「そうなんだ。この世界に定住するつもりでこんな建物に住んでるのかなあって思ったのに。ティータイムのセットも一通り揃ってるしさ」

「あたしは旅の魔女だからね。この世界だってずっといるわけじゃないさ。旅として終わったと思えば、また次の世界にいくことになるね」

「……そうなんだね」

 淡泊な魔女の言葉に、ミライはどこかさみしそうにつぶやいた。


「じゃ、じゃあ、なんで、こんなティータイムをやるようになったの? なにかきっかけとかあったのかな」

 そのミライの言葉に、魔女は目線を窓の向こうに送った。

 そこには雲の大地が広がっている。あの雲は乗って歩くことができる島なんだとさっき魔女がミライに説明していた。

 雲の大地の上には、おしゃれな家が建ち並び、ちょっとしたミニチュアの街のようなかわいらしさを演出している。その中にそれこそアンティークのミニチュアのようなテーブルセットが雲の島の上に置かれていた。

「どうしたの……?」

 だまっている魔女を見て、ミライが不思議そうに声をかける。

「いや、不思議なもんだと思ってね。これも縁かね」

「なにが?」

「あたしが初めて旅の中でティータイムを過ごしたのがこの雲の世界さ、はじめてお菓子を作ったのもね」

「へえ、そうなんだ! どんなティータイムだったの? 何つくったの?」

 ミライが前のめりに聞いてくる。

「ちょっと落ち着きなよ、話してやるからさ。そうだねえ、なにから話したもんかねえ……」

 そうして、魔女の旅の話がはじまった。

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