第22話「墜ちる光、呼ぶ声」

夜の空が裂かれたのを目撃した者は、大陸中にどれほどいただろう。


雲の途切れ間から、白い王都ルミナ=ネフェイルが崩れ落ち、

そこからひときわ強い光の筋が――まるで星が墜ちるように――大地へ向かって走った。


その光の中心にあったのは、エイラだった。


風の轟音が耳を裂く。

体を包む星の光は揺れ、王都の欠片が燃えて落ちていく。


「っ……!」


身体はしびれ、翼は焦げて動かない。

それでもエイラは意識の端で、なにかを聞いた。


――来い。

――風裂きの湖へ。


誰の声かわからない。

だが確かに、そこへ導かれていた。


次の瞬間――眩い衝撃。


エイラの身体は、湖面へと真っ直ぐ突き刺さった。


轟音と共に湖が縦に割れた。

普段は鏡のように穏やかな水面が、白い光に切り裂かれ、中心に深い渦が生まれる。


その中心に――エイラが沈んでいく。


水面に散る白い羽根。

焦げた翼が揺れ、光が弱まりつつあった。


だが湖底に近づいたその瞬間――


湖底の岩盤が、脈を打った。


古代アヴィアンの紋章が淡く浮かび、

水中に「記憶の陣」がゆっくりと姿を現す。


エイラの身体がそこへ触れた瞬間、

湖全体が“息を吸うように”光った。


「……落ちたのは……あの子か?」


森を駆け抜けていたライアスは、息を呑んだ。

獣人族特有の鋭い感覚が、湖の異変を真っ先に察知したのだ。


仲間たちが叫ぶ。


「おいライアス! あの光、空からの破片じゃないのか!?」

「近づくなよ! 湖が割れちまってる!」


だがライアスだけは、湖の中心で沈みゆく影が誰かを“理解”していた。


「……エイラ……!」


仲間が驚く。


「え、アヴィアンの子!? なんでお前が名前知って――」

「後だ!!」


ライアスはためらわなかった。


湖は光と風がぶつかり合い、近づくだけで皮膚が裂けそうなほど痛い。

それでもライアスは、水面へと飛び込んだ。


冷たいのに、刺すような熱。

水中で目を開けば、深く沈む光の繭が見える。


中には、エイラ。


意識はなく、身体は小刻みに震えていた。


ライアスが繭に触れようとした瞬間――


“風の壁”が弾くように彼を拒んだ。


「く……っ!」


まるで“巫女以外は触れるな”と言わんばかりの圧。


だがライアスは引かなかった。


「馬鹿を言うな……! 生きててほしいんだよ、俺は!」


次の瞬間、エイラの胸元の星がかすかに光り、

風の壁がほどけるように弱まった。


ライアスはその隙を逃さず、彼女を抱き寄せる。


身体は軽く、羽根の端が再生の光を帯び始めていた。


――風の巫女を、第二の目覚めへ導くための光。


ライアスが湖面へ戻ると、光の繭がゆっくりと消え、

エイラの身体は冷たい空気を取り戻した。


仲間たちが駆け寄る。


「お、おい……アヴィアンの巫女じゃねえか!」

「どうするんだライアス! 連れて帰るのか?」

「種族の争いになるんじゃ……」


ライアスは静かに言った。


「関係ねえよ。命は命だ」


その声があまりにまっすぐで、誰も反論できなかった。


腕の中で、エイラの指がかすかに動く。


「……う……」


ライアスは息をのんだ。


「エイラ!」


エイラは薄く目を開き、ぼんやりと周囲を見回す。


「……ここ……地上……?」


「しゃべるな、今は体が――」


だがエイラは、かすかに笑った。


「……ありがとう……見つけて……くれて……」


ライアスは言葉を失い、ただ彼女の手を握るしかなかった。


次の瞬間。


エイラは胸元の星を抱くようにして、再び意識を失った。


湖の水面が静まり返る。

夜空にはまだ王都の欠片が落ち続け、

大陸各地の風向きが不自然に揺れ始めていた。


それは――


空の巫女が地上に来たことで、

世界の均衡が動き始めた証だった。


ライアスは静かに呟く。


「安心しろ。

お前がまた空を見られるように……

必ず守る」


こうして、

エイラの“地上編”が始まった。

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