第19話 狭間に漂うもの
――光が途切れた。
星の回廊を進んでいたはずの足元から、感覚がふっと消えた瞬間、エイラの体は宙に浮いていた。
風はある。けれど上下の区別がなく、翼を広げても、前へ進んでいるのかどうかさえ分からない。
視界に広がるのは、空とも大地ともつかぬ景色。
夜空の星々が海のように広がり、その上には砂漠のような大地の断片が浮かび、遠くには廃墟の塔が逆さに伸びていた。
重力も時間も、すべてがあやふやに揺らぐ世界。
「ここが……狭間の領域……?」
胸のペンダントが小さく光を放ち、淡い道を示している。
それがなければ、自分がどこへ向かうのかすら分からないだろう。
忘れられた声
ふと、耳に声が届いた。
「……あの子……」
振り返ると、そこには淡く透けた人影が立っていた。
輪郭は曖昧だが、確かにアヴィアンの姿をしている。翼は折れ、瞳には光がなかった。
「あなたは……?」
声をかけると、その影は小さく首を振る。
「もう、名はない。ただ……ここに残されただけだ」
やがて、その影の後ろから、獣人の姿をした影も現れる。
彼らもまた透けていて、地面に影を落とすことさえなかった。
「争いの果てに忘れられた者たち……」
エイラの胸が締め付けられる。
彼らは怒りや憎しみを叫ぶわけではない。ただ、そこに在る。記憶から漏れ落ちた残響のように。
その中に、小さな子どもの姿が混じっていた。
金色の羽根を持ったアヴィアンの幼子が、彼女を見上げて問う。
「お姉ちゃん……星は、まだあるの?」
エイラは言葉を失った。
その問いに、どう答えてよいのか分からない。けれど、胸の奥で声があふれそうになる。
「……あるよ。見えなくても、ずっと……」
その瞬間、幼子の影が淡く微笑んで消えた。
影の囁き
静寂を裂くように、低い声が辺りに響いた。
「風の継承者よ……愚かだな」
冷たい霧が渦を巻き、黒い影が姿を現す。
それは人に似た形をしていたが、翼は裂け、顔には仮面のような灰色の面をつけていた。
「お前が進めば、この狭間に漂う魂と同じものを、また生むことになる」
「……!」
「星を繋ぐなどというのは幻想だ。均衡を壊せば、新たな犠牲が必ず生まれる」
声は哀しげでありながら、鋭く胸に突き刺さる。
エイラの心に迷いが忍び込む。
(……本当に、私の進む道は……正しいの?)
意志の灯火
だが、その時。
胸元のペンダントが、強く脈打った。
脳裏に、ラメリアの声がよみがえる。
> 「巫女を巫女たらしめるのは、生まれではない。
過去でもない。ただ――“意志”だ」
エイラは拳を握りしめ、影をまっすぐに見据えた。
「私は進む! 犠牲を増やさないために!
忘れられた存在を、無駄にしないために!」
光が迸り、影は苦しげにのけぞる。
霧は裂け、黒い気配は後退していった。
もう一人の光
その瞬間――
彼方で、別の光が瞬いた。
ペンダントに似た光。けれど、それは赤みを帯び、鋭い輝きを放っていた。
「……!」
エイラは目を凝らす。
そこに、少女の姿が一瞬だけ映った。
自分と同じように翼を持ち、巫女のような衣を纏った影――。
彼女はエイラを見返すことなく、狭間の奥の“門”へと消えていった。
(あれは……誰……? もう一人の……巫女……?)
決意と門
忘れられた影たちが、道を空けるように霧へと溶けていく。
残されたのは、輝きを放つ門。
エイラは深く息を吸った。
「私は進む。この魂たちを……そして星を、無駄にしないために」
ペンダントが光を放ち、門が静かに開く。
風が吹き込み、彼女を優しく押した。
エイラは迷わず一歩を踏み出す。
――狭間の世界は、静かに閉じていった。
次回予告
第20話「影の契約」
もう一人の巫女の正体が明らかになり、エイラは自らの存在意義を突きつけられる。
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