私の推しはクラスメイト
ゆうきちひろ
前編 推しは、ある日突然に!?
「リサちゃん……まさか」
佐藤花子は震える指でスマホの画面を拡大した。アイドルグループ『スターライト』のセンター・星野リサの無期限活動停止を報じるニュース記事。
デビュー以来一度も休まず、完璧なパフォーマンスを続けてきたリサが突然消えるなんて。花子は心臓を掴まれたような痛みを感じた。大好きなあの笑顔は、もう見られないのだろうか。
***
「今日からみんなの新しい仲間だ。仲良くしてやってくれ」
翌朝のホームルームで担任の松岡先生が告げると、教室がざわめいた。転校生は黒髪をなびかせながら教壇に立ち、少し緊張した様子で全体を見渡した。
「神崎美咲です。よろしくお願いします」
その瞬間、花子の心臓が止まりそうになった。髪型は違い、メイクも控えめだが、あの透き通るような瞳と繊細な表情は、間違いなく星野リサ――花子が何百回も見つめてきた推しの姿だった。
「えっ、リサちゃん……?」
思わず小さく声が漏れた。花子の視界が一瞬ぼやけた。
(冗談でしょ? 夢?)
アイドルグループ『スターライト』の不動のセンターと目の前の少女の顔が重なり、花子の鼓動は早鐘を打った。手のひらに汗が滲み、呼吸が浅くなる。でも、教室の他の生徒たちは気づいていない。
花子の心は高鳴っていた。
(なぜリサが自分の学校に? どうして誰も気づかないの? 活動停止の理由は?)
疑問が次々と浮かぶ。
「神崎さんの席は……空いているそこの席だな」
先生に指示された席は、なんと花子の隣だった。美咲はゆっくりと花子の横を通り、小さく会釈して席に着いた。花子は隣の存在が気になって仕方がないが、眩しすぎて直視できない――。アイドルのときの華やかさはなくとも、制服姿の彼女は凛とした美しさを放っていた。ただ、その表情には何か影があるように見えた。
「あのう、ノートを見せてもらっていいですか?」
授業が終わり、美咲が静かに声をかけてきた。花子は慌ててうなずき、ノートを差し出した。その指先が触れた瞬間、花子の頬が熱くなる。目の前にいるのは、憧れのリサなのだ。
「今日までの授業内容、とても詳しくまとめてますね」美咲は微笑んだ。
「佐藤さん、でしたよね?」
「は、花子でいいよ!」思わず大きな声で返答してしまい、周囲から視線が集まる。花子は顔を真っ赤にして俯いた。
「ありがとう、花子ちゃん。私も美咲でいいから」
その日の放課後、花子は屋上へと足を運んだ。いつもならクラスメイトと寄り道するところだが、今日は一人になりたかった。推しが目の前にいるという現実が、まだうまく飲み込めないのだ。
屋上のドアを開けると、そこには既に誰かの姿があった。夕陽に照らされた横顔は、花子が何度も見つめてきた推しの顔と同じだった。
「あっ……」美咲は振り返り、花子と目が合うと少し驚いた表情を見せた。
「ごめんなさい、邪魔だよね……帰るね」花子は慌てて言った。
「ううん、大丈夫」美咲は微笑み、手を振った。
「一緒に眺める?」
花子は緊張しながらも、美咲の横に立った。二人はしばらく無言で夕焼けを眺めていた。
「ねえ、美咲ちゃん……」花子は勇気を振り絞った。
「何か困ったことがあれば、いつでも言ってね。転校したばかりで不安もあるだろうし……」
美咲は少し驚いたように花子を見た。
「ありがとう、花子ちゃん。優しいんだね」
二人の間を秋風が通り抜けていく。
「私ね、この学校に来て良かった」美咲は静かに言った。
「みんな自然に接してくれて……」
「前は……大変だったの?」花子は言葉を選びながら尋ねた。
「うん、色々あって……」美咲は空を見上げたまま答えた。
花子は彼女がアイドル活動のことを言っているのだと察した。しかし、自分が気付いていることは打ち明けられなかった。まだその時ではないと感じたのだ。
「とても良い学校だよ」花子は明るく言った。
「先生も優しいし、みんないい人ばかり。それに、文化祭も近いしね」
「文化祭?」
「うん、毎年盛り上がるんだ。クラスの出し物とか、音楽ライブとか……」花子は急に閃いた。
「そうだ、美咲ちゃんも一緒に参加してみない?」
「私……目立つのは……」美咲は少し困ったように微笑んだ。
「そっか」花子は少し残念そうに頷いた。
「でも、美咲ちゃんが楽しめることを見つけられるといいな」
帰り道、二人は並んで歩いた。最初は沈黙が続いたが、次第に学校のことや趣味の話で会話が弾むようになった。曲がり角で別れる前、美咲はふと立ち止まった。
「花子ちゃん、本当にありがとう。転校初日から親切にしてもらって」
「いいよ、そんなの。明日もよろしくね」
花子は笑顔で手を振り、美咲と別れた。家に着くなり、彼女はベッドに倒れ込んだ。
「信じられない……リサと友達になるなんて」
花子は枕に顔を埋め、興奮と不思議な感情が入り混じった中、眠れない幸せな夜を過ごした。
***
数週間が過ぎ、花子と美咲の関係は少しずつ深まっていった。休み時間には互いの机で話し、昼食も一緒に食べるようになった。美咲の穏やかな人柄に惹かれる生徒は多く、美咲はクラスにも徐々に馴染んでいった。
ある日の放課後、二人は高校近くの公園のベンチに座っていた。
「美咲ちゃんは、歌うの好き?」花子は勇気を出して聞いてみた。
「どうして?」美咲は少し驚いたように目を見開いた。
「なんとなく。声が綺麗だなって思って」花子は本当のことを言えずにもどかしさを感じていた。
「昔は……好きだったよ」美咲は膝の上で手を握りしめた。
「昔は?」
「うん」彼女は遠くを見つめながら言葉を続けた。
「今は自信がなくて」美咲は空を見上げた。彼女の指先が震えているのに花子は気づいた。
「大勢の前で歌っても、みんなが見ているのは本当の私じゃなくて……」美咲は掠れた声で続けた。
「『完璧過ぎて怖い』って。私、ロボットみたいだったのかな……」
花子は静かに彼女の横顔を見つめた。そこには、ステージ上では決して見せなかった弱さと繊細さがあった。
「美咲ちゃんの歌は素敵だよ。私はそう思う」
「ありがとう」美咲は小さく微笑んだ。
沈黙の後、彼女は続けた。
「実はね、私、歌い続けることに意味を見出せなくなったんだ。自分が人前に立つ理由が、わからなくなって……。そうしたら歌声が出なくなった」美咲の声は僅かに震えていた。
花子はその揺れる声に、きらびやかな衣装の裏で隠されていた彼女の本当の姿を見た気がした。そして胸が締め付けられる思いだった。
「美咲ちゃん、私……」花子は言葉を選びながら続けた。胸の鼓動が早まる。
「私、実は知ってるよ。美咲ちゃんがアイドルだったこと」
美咲の表情が凍りついた。その瞳に一瞬、恐怖の色が走った。
「ごめんなさい!」花子は慌てて付け加えた。
「誰にも言わないから。絶対に」
美咲は長い沈黙の後、静かに尋ねた。
「どうして気づいたの?」美咲の声に棘はなく、ただ疲れと諦めが混じっていた。
「私、スターライトのファンだから。特にリサ……星野リサの大ファンなんだ」花子は恥ずかしさと熱意が入り混じった声で告白した。
美咲は驚いたように花子を見つめた後、小さく肩を震わせて笑い出した。
「まさか、こんなところで熱心なファンに会えるなんて」
「私も信じられなかったよ。推しがクラスメイトなんて」花子も照れながら笑った。
「花子ちゃん」美咲は真剣な顔で言った。
「内緒にしておいてもらえると嬉しい」
「もちろん」花子は強くうなずいた。
「でも、一つだけ言わせて。美咲ちゃんの歌は、本当に心に響くよ。私はずっと応援してた。これからも応援したい」
「花子ちゃん……ありがとう」美咲の瞳に涙が浮かんだ。
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