第8話
一先ず、何においても現状を把握する必要がある。
ドラムの冬野さん、ベースの相馬くん、ギターの高坂くんのスリーピースで演奏をしてもらうことにした。曲名はスピッツの”春の歌”。
その出来については──
「どうだ?」
「……えっと……」
高坂くんに期待の目で問いかけられた。
色々言いたいことを全て飲み込んで、私は力強く頷いた。
「……伸びしろがある演奏だと思う!」
「下手だって」
「やっぱりかー」
「エッ、アッ、いや、その!」
包んだオブラートを端からベリベリ捲られてしまった。隠しきれない感情が表に出ていたのだろうか。思わず椅子から立ち上がって弁明しようとするが、ベースを降ろした相馬くんが座るように促した。
「いいよいいよ。僕ら結成してまだ一ヶ月くらいなんだよね。だから柳さんの意見は尤もだと思うし」
「合わせで練習できる時間も少なかったしね〜。ハルがもっと早くに立夏ちゃん連れてきてくれたらよかったのに。そしたらさっさとあのギター解雇出来たし」
「確かに」
「……なんだよ。俺のせいかよ」
冬野さんはドラムのバチを高坂くんに向けて指す。
「というか、ハルはなんで立夏ちゃんと練習してたこと、うちらに隠してたの?」
高坂くんの肩がピクリと分かりやすく跳ねた。
三方向から痛〜い視線を浴びて、ついに耐えきれなくなったのか、高坂くんは真っ赤になった顔を上げた。
「急にめちゃくちゃ上手くなったら、才能覚醒したキャラみたいでかっけーかなと思ったんだよ!」
「……(ダサッ)」
「……(ダッセェ〜〜)」
「……(ちょっと分かる)」
「なんだよ! 悪いか!」
... . .. --.. . - .... . -.. .- -.--
「──こんな感じで、まだまだ未熟なバンドなんだ。リードギターが抜けるとガタガタで。柳さんが入ってくれると有り難いんだけど」
「……軽音部に入るかどうかは別として、サポメンとして入るのは全然問題ないよ。……まだお詫びもできてなかったし」
床に座ってコードの確認をしている丸い背中を見た。私の視線に気づいた、高坂くんが首を傾けて目を瞬かせる。……当の本人はあんまり気にしてなさそうだけど。
「立夏ちゃん、本当ににありがとう」
「いっいえ」
冬野さんが私の両手を包み込むようにして握りしめてくる。
「実を言うと、このライブが成功するかどうかで、文化祭ライブ出来るかが掛かってるの」
「そ、そうなんだ……(思ったより責任が重いな)」
でも、頼まれたからには私の任された役割を全うしなくては。まず譜読みして、曲も聴き直して、完璧に弾けるようにしてから、合わせ練習……。できれば2日、欲を言えば3日くらいは時間が欲しい。頭の中で逆算をし終えて、私は目の前の冬野さんに質問を投げかける。
「えっと、そのライブって……」
「あ。ごめん、色々説明飛ばしてたね。入学式の後に新入生歓迎会ライブやるんだ〜」
「入学式の後に…………」
ん? 入学式の後に?
違和感に気づいた瞬間、冷や汗のようなものが背中を伝う。今私は軽率に地獄の扉を開けてしまったような気がする。
「あの……私の勘違いじゃなければ、入学式って……」
「ん? 明日だよ」
「……」
「……」
「……」
「……………………じゃあ、私はこれで」
彼女の手を振り払ってすぐさま立ち上がる。傍に置いていたギターを手に取って出口へ。
が、しかし。私が開いたドアを、後ろから伸びてきた手が強制的に閉める。恐る恐る後ろを振り返ると、満面の笑みを浮かべた冬野さんと相馬くんが立っている。ホラーだよ、もうこれ。
「まあまあまあまあまあ、ゆっくりしようよ。菓子もあるし。そんな急ぐことないって」
「そうそう。僕たちもう仲間みたいなものじゃないか。同じお菓子を食った仲じゃないか」
「ちょっ……、こ、高坂くん! 助けて!」
彼らの隙間から見えた高坂くんは、十字を切って最後に手を合わせて握りしめた。アーメン……ってやかましいわ!
「絶対絶対サポメンなんかしませんからぁーー!!!」
私の悲痛な叫びは、夕方の赤い空に響き渡った。
... . .. --.. . - .... . -.. .- -.--
「暗幕閉じたら楽器のセッティングするんで、指示お願いしまーす」
「はーい」
今、私は舞台袖に立っていた。
今やっている吹奏楽部の演奏が終われば、次は私たちの番だ。もう頭が追いつかない。何これ。なんでいま私、ここにいるんだ? 分からない。正気に戻ったらいけない気がする。
ドラムのバチで肩を叩かれて後ろを振り返ると、冬野さんがギョッと目を張った。
「今にも死にそうな顔してるけど、大丈夫〜?」
全然大丈夫じゃない。緊張と不安と眠気で頭がうまく回らない。ピアノコンクールでもこんな緊張したことない。当たり前だ。コンクールは何ヶ月も前から準備して、満を辞して望むのが普通だから。今日のこと、今後夢に見る気がする。もちろん悪夢として。
「ぶっつけ本番とかやった事なすぎて……うっぷ。吐きそう」
「わ〜重症だぁ」
冬野さんが背中をさすってくれる。
「ほら、ハル見てみなよ。出で立ちだけは玄人感あるよ」
力無く横を振り向くと、水分補給していた高坂くんが余裕そうに笑う。人差し指を立てて、チッチッと舌を鳴らした。
「……フッ。柳さんもまだまだだな。俺を見習え、この俺を。ギター初めて二ヶ月そこらで滲み出るこの風格を。……おぼぼぼ」
「水溢れてる溢れてる」
「……(なんか自分より動揺してる人見ると一周回って落ち着いてきたな)」
「──軽音部の皆さーん! 準備お願いします!」
実行委員の腕章を通した男子が、私たちを舞台へと誘導する。全てのセッティングが完了すると、示し合わせたように、全員の視線が高坂くんの背中に集まった。
機材の最終チェックを終えた高坂くんが振り返る。──キラキラ。高坂くんの瞳の奥に宿る輝きが、今にも弾けそうに見えた。早く弾きたくて堪らないって言葉にしなくても伝わってくる。
ただ何も言わず、4人の真ん中あたりに拳を突き出した。相馬くん、冬野さんが同じように拳を出した。最後に私もその輪に加わる。
「ファイト……」
「「「「おー!」」」」
見計らったように、開幕のブザーが鳴り響いた──
「あーあー……新入生の皆さんご入学おめでとうごさいまーす。常盤高校軽音部です」
体育館中を包む拍手に圧倒された。観客数で言えば、ブルマンのライブの約三倍だ。
高坂くんの、いつもより少し上擦った声がマイク越しに聞こえてくる。
「実は俺たち、昨日結成したばっかで、全員もれなく寝不足ッス」
生徒たちの笑い声が所々で上がる。
「でも、いい演奏するんで、聴いてください」
高坂くんと私の視線が交錯する。
ピックを握る親指と人差し指が震えている。心臓がはち切れそうなくらい鼓動を打っている。生徒たちの期待のまなざしが、歓声が、体育館中を一体感へと導いていく。
ぶっつけ本番とか死んでも嫌だって思ってたけど──ああ、でもライブってやっぱ、高揚する。
この瞬間だけは、どんな快感にも勝る。自分が生きてるって実感できるんだ。
「スピッツで”春の歌”!」
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