星海を、君と眺める夢を見た

ツツジ

第1話 プロローグ

 ついに、ついに帰ってきたのだ。私は今ずっと探し求めていた夢の草原に立っていた。あの時に交わした彼女との約束を果たすため、一心不乱に目の前の小さな丘に足を突き立てる。

 青少年の頃は彼女の手を引いてこの夜の野原を歩くことができたのに、今は杖をついて自分の体を動かすだけで精一杯だ。目的地までは少し距離がある。油断して転んでしまわないように今はただ歩くことにのみ集中した。

 こんもりした台地の頂上には、空に宝石をこぼしてしまったような満天の星が広がっていた。その美しさは肉が抜け落ちて骨と皮だけになってしまった鉛のような肉体が宙へと浮かんでいるような心地になるほどだ。

 ああ、これだ。これこそがずっと見ることを望んでいた景色なのだ。死ぬ前に約束を果たせたことに安心して思わず体の力を抜いてしまった。これが良くなかった。

 反らせた体に運悪く風が当たり、私の身体は急激に後ろへと倒れ込む。夢の世界でも骨折は骨折である。苦痛は同じだ。次の刹那に訪れる衝撃と痛みに備えるために私は思わず体をこわばらせた。


「いけませんね、学くん?お歳を考えなくては。大怪我をしてしまいます」

 その声は倒れ込んだ体を支える暖かな手と共に、耳元で囁かれた。私は、いや僕はそれを聞いてもただ呆然としていることしかできなかった。

「あらあら、呆けてしまわれましたか?それとも私に会えたのがそんなに嬉しかったのですか?」

 声の主は60年前と同じ、艶やかな黒の髪をはためかせ、透き通るような青色の瞳にいたずらっぽい光を宿して微笑んでいる。

 ああ嬉しいとも。僕は君に会うためにこの星の海の元へ行く方法をずっと探していたのだから。そう伝えようとしても空気はしわがれて痙攣した喉を素通りするばかり。声は出なかった。でも彼女は僕のこぼれ落ちた感情を、言葉を拾い集めてくれた。

「泣かないでください。干からびてミイラになってしまっても知りませんよ?」

 そう言ってからかう彼女もまた、僕と同じように涙を流している。

 ああそうだ。彼女は、暁月螢はこんなふうに泣くのだった。ようやく思い出せたことが嬉しくて、僕は像の皮膚のようになった震える自分の指で彼女の涙を拭った。

「ふふ、おじいちゃんになったあなたに触れられるのは、なんだか新鮮ですね。さて学くん、ぼーっとしているのも結構ですがお話をしましょう?あなたも私もしなくてはならない話はこの星の数よりもあるでしょうから」

 そう言って螢は僕の体を起こし、曲がった腰に手を添えてくれた。その手の平の温もりに導かれるように僕は過ぎ去った日々を、暁月螢と出会い、そして彼女の破滅と共に終焉を迎えるありし日の物語をゆっくりと脳裏に描き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る