27 ファースト・ステージ

 文化祭当日は爽やかな秋晴れとなった。

 爽快な青の空やそれを写し取ったような海の景色を見ながら、朝も近所の海岸で散々練習を重ねて気持ちを落ち着けてきたのに、ステージのある体育館にやってきた途端、アコの体はカチコチに固まってしまった。

「アコちゃん、大丈夫? 息してる?」

「……辛うじて」

「アコさん、息を整えましょう。お腹に力を入れて」

「……ダンチさん、かえって苦しいです……うぅ」

 しゃがみ込んでしまったアコの頭に、こつん、と水筒が押し当てられた。

「落ち着きなって。ほら、一口飲む」

 水筒を差し出す水月はウインター・シーのライブ衣装と同じツインテールだが、今身につけているのはアコと色違いのライブTシャツに制服のプリーツスカート姿だ。その姿を見てますます緊張してしまったアコはついに尻餅をついた。こりゃだめだ、と水月がため息をつくと、水筒の蓋を開け、アコの口元へ運んでくれた。

 こくり、と喉を通る麦茶のさっぱりした味に、アコはようやく呼吸が楽になった。

「はー、死ぬかと思った」

「ばか。緊張で死んだらライブできないよ。これからも何回も経験することになるんだから」

「そうだけどさぁ……」

 ちら、と幕の裾から見える観客に、アコは身をすくめた。

 元々は人の前に立って何かをするのは嫌ではなかった。

 水泳以外ならそつなくこなせる力があるアコは、何かと人目を引いた。賞賛の言葉を送られることも少なからずあり、それをくすぐったく思いながらも嬉しくも感じていた。幼馴染に告白し、彼女に自分の思いを周囲に暴露されるまでは。

 あれから、アコは目立つことが苦手だった。

 水月たちと同じステージに立ちたくて、バンドに加入したのは、こんな自分を変えたい気持ちも少なからずあったから。

 けれど、いざ多くの人の目にこれから晒されると思うと、体が強張ってしまう。

 あそこに、かつて自分を嘲笑した人はいない。

 みんな軽音部で一番目立つ水月を見に来たんだから。

 そう自分に言い聞かせても、震えが止まらない。

 水筒を持つ手に力を込めていると、ぎゅっと柔らかいものがアコを包んだ。

「ばか。余計なこと考えないの」

「……水月」

「いろいろ考えすぎなんだよ、アンタは。普段ギターを弾いてる時みたいに、音を追いかけることにただ夢中になっていればいい。あたしが聞きたいのは、そういうアコの音楽なの」

 柔らかい腕の感触とともに伝わってくる水月の思いに、アコの心も体も和らいでいく。水月にも伝わったのか、アコの顔を覗き込んできたピンク色の双眸はニヤリと笑っていた。

「いける?」

「うん」

「よし」

 アコと水月が頷きあっていると、ステージを見ていた部長の貝野が声をかけてきた。

「そろそろ出番だよ。『スプリングス』、前座は頼んだ!」

「任せてください。行きましょう、みづさん、アコさん」

 手招きするダンチに、アコと水月も立ち上がった。

 ドキドキとせわしなく動く心臓の音を聞きながら、アコは水月、ダンチに続いてステージへ上がる。

 既にセットされていたアコの青いエレキギターは見慣れたもののはずなのに、ステージ上では光り輝いて見えた。

 エレキギターを抱え、アコはセンターに立つ水月の背中を見る。

 バンド練習でも度々目にした、歌手としての水月の顔。心からワクワクしているような楽しげな表情に、アコのエンジンも掛かった。


「――軽音部所属、『スプリングス』です! 聞いてください。あたしたちの初めての曲、『ウェーブ』!」


 水月が曲名を告げた瞬間、アコは桜色のピックでエレキギターの弦を弾いた。

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