15 人魚との約束
鬱蒼としていた梅雨が明けた途端、茹だるような暑さがやってきた。
夏休みまで後一週間、と迫る頃には、アコにとってウインター・シーのバンド練習参加は日常の一部に組み込まれていた。
また、水月とダンチの誘いで軽音部にも入部し、ギター弾きである部長からも教わる機会を得たアコは、以前よりもギターに触れる機会が増えた。最初は「実はギターをやっていて」と口にするのが恥ずかしかったが、この頃になるとクラスメイトにも「実は始めたんだよね」と明かせるくらいになっていた。
学校生活に部活にバンド練習、そして水族館でのアルバイト。
多忙な日々に加え、梅雨の時期ということも重なり、アコがマナに会いにいく機会は一気に減少していく。
それでも、マナはアコがやってくると、必ず姿を見せた。
『今日は来てくれると思ったんだ』
と、どこか寂しそうな色を声に滲ませて。
この日の夜も、期末考査から解放されたアコはマナにギターを聞かせていた。
軽音部の部長とウインター・シーの紅谷からの指導もあり、アコのたどたどしさはなくなり、簡単な曲ならば淀みなく最後まで弾ききることができるようになっていた。
「……は〜、涼し……夜は暑さがマシなのがありがたいなあ」
アコがしみじみと呟くと、マナがコテン、と頭を横に傾ける。
「夜以外は暑いの?」
「うん。汗が止まんないくらい暑いよ。学校に行くのも帰るのも大変でさ」
「……そう」
「まあ、帰りは大抵水月と涼しいところで休憩して帰ってるから、まだマシだけどね」
「……仲良しだね」
「うん、まあ……何だかんだ、そう、かな。今はバンドでも一緒だから。たまにキツイことも言われるけど、水月がどういう思いでそれを言っているのか、何となくだけど分かるようになってきたし。うん、一緒にいて、楽しいよ」
普段は心に秘めている分、口にするのはマナ相手でも気恥ずかしい。
それでも、アコにとってマナは水月にも言えないことを口にできる友達だった。
「あたしは……」
「ん?」
「……ううん。何でもない。アコ、テストが終わったって言ってたけど、そしたらまたここに来れるようになるの?」
何かを隠そうとするようなマナの物言いに引っ掛かりを覚えつつ、アコはそうだなあ、と思考を巡らせた。
テストが終わったら、自粛していた部活動やバンド練習、アルバイトを再開することになっている。一週間後には夏休みに入り、部活はほぼなくなり、代わりにバンド練習日が増える予定だ。水族館も掻き入れどきであるため、シフトも普段より入れてあるし、空いている日は熊野たちと遊び行く予定も入れた。ウインター・シーのメンバーと、練習だけでなく交流も深めようと遊びの計画を立てていることもあり、考えれば考えるほど、アコの夏休みの予定は平日よりもギチギチに詰まっていた。
「うーん……もしかしたら、あんまり来られないかも」
「え……」
「日中はバイトで追われちゃうし、夜はバンド練習にあてるつもりなんだよね。友だちとも遊ぶ予定も入れてるから、こうしてゆっくりできる日の方が珍しくなるかも」
「……」
「……ご、ごめんね。マナこそ大丈夫? イルカって群れて行動するんじゃなかったっけ?」
何も返してこないマナに、アコは戸惑いがちにそう尋ねる。
すると、マナは身じろぎひとつせず、ただ悲しげに呟いた。
「……アコの友達が羨ましいよ」
「え」
「あたしは……こうやってじゃないとアコに会えない。アコと触れ合うことも、遊ぶこともできない。アコの歌や話を聞くだけしかできないから」
「……ごめん。せめて私が泳げればいいんだけど、その……」
「ううん。いいの。たとえアコが泳げたとしても、あたしはアコと触れ合えないし、遊べない。そういう決まりがあるから」
「決まり……?」
アコが問い返すと、マナはハッとしたように体をブルブルと横に振った。
「何でもない。分かったよ。アコが来られないなら、もうあたしはここに来ない方がいいね」
「え……」
「アコは気にしないで。お友達と楽しんでね」
そう告げると、マナはトプン、と海の中へ入ってしまった。
「会いに行くよ!」
衝動的にアコはそう叫んでいた。
直後、ゆっくりとマナが顔を出した。
「……その、会いに行ける時間は減っちゃうけど……でも、私、マナと過ごすこの時間、好きなんだ」
「……本当?」
「うん。だから……これからも、私のギター、聞いてほしい。この夏は、絶対上手くなりたいって思ってるんだ。だから、マナにもできる限り聞いて欲しいんだけど……ダメかな」
アコがギターを抱きしめながらそう訴えると、マナは身じろぎしないまま、けれど穏やかな声色で告げた。
「……ダメじゃないよ。嬉しい。約束だよ」
「うん、約束するよ」
指切り、とアコが小指を差し出すと、程なくしてマナも小さな尾びれを持ち上げて見せた。
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