第8話 弱々しい大山君を『ギュッと力強く』
大山君は二杯目の煎茶を淹れてくれました。二杯目の煎茶は、一杯目よりも濃い緑色をしています。味も何となく『苦み』が強い気がして、正直、私は一杯目の方が好きです。
ですが、大山君はむしろ濃い二杯目の方が好みのようです。今までは『人の好みも十人十色だなあ』などと『のほほん』と考えていたのですが、どうやら、大山君は『たぬき』のようなので、味覚や好みも人とは少し違うのかもしれません。
私は台所に行って冷蔵庫からとっておきのバニラアイスを取り出しました。時刻は既に午後十一時を回ろうとしていましたが、物事を考えるのに糖分は欠かせません。それに、濃い煎茶のお茶請けとして、意外とバニラアイスは悪くないのです。大山君と例の件について話し合う前に、私はしっかり『脳の栄養』を補給したのでした。
「……大山君」
バニラアイスを半分ほど食べ終えた私は、おもむろに話を切り出しました。
「はい」
大山君は正座をして改まっています。正直、私としては気を楽にして欲しいのですが、あえて何も言いませんでした。
「大山君は、たぬきだったんですね」
「……はい」
「正直、私は今でも信じられませんが、状況的に、受け入れるしかありません」
「はい」
「でもどうして、今まで黙っていたんですか?」
「……その、僕がたぬきだということを人に話すのは、実は、雪野さんがはじめてだったんです。それで、今までも告白しようとしたことはあったんですが、『もし、雪野さんに拒絶されたら』って考えてしまうと、どうしても言い出せなかったんです」
「なら、どうして、今日だったんですか?」
「……これです」
そう言うと、大山君は懐から例の茶封筒を取り出して、机の上に置いたのでした。茶封筒の封は既に切られていて、中にはいくつかの『どんぐり』が入っていました。その他には何もありません。ただ、いくつかの『どんぐり』が入っているだけです。
「……これは?」
「末の弟からです。多分、『二人で仲良く食べてね』ってことで、どんぐりを送ってくれたんだと思います」
一時は脅迫の可能性さえ考えた奇妙な茶封筒ですが、その正体は弟さんからの愛らしい贈り物だったようです。私は、思わずほっこりしてしまいました。
「優しい弟さんですね」
「……でも、僕はこれを見た瞬間、本当のことを雪野さんに黙ったままでいることが、何だか急に、悲しくなってしまったんです」
「悲しく、ですか?」
「はい……大好きな雪野さんに、『拒絶されることを恐れて、本当のことを打ち明けることができない』というのは、とっても悲しいことです。
今まではそんな風に思ったこともなかったんですが、弟の絵を見た瞬間、『どうして僕は、今まで雪野さんに本当のことを黙っていたんだろう』って、思ったんです。
そしたら、それが悲しくて、『もしかしたら僕は、今まで雪野さんを騙していたんじゃないか』って、ひどく不安になって、だんだん、胸が苦しくなって……」
いつも『のほほん』としていて、どんなハプニングにも決して動じることなく、いつも古い森の立派な大樹のように堂々としていた大山君が、今はまるで、生まれたての小動物のように弱々しいです。大山君のそんな姿を見て、私は『のほほん』と放っておくことはできないのでした。
私はテーブルを回り込むと、大山君をギュッと力強く抱きしめました。私の方から大山君を抱きしめるのは、実は、これが初めてです。大山君の方から私を抱きしめてきたとしても、基本的に、今までの私は手を軽く添えるだけでした。私が何もしなくても、大山君が力強く抱きしめてくれたからです。
今にして思うと、私の大山君へのそうした『ささやかな甘え』が、ささやかながらも積もり積もってしまい、今回の契機となってしまったのかもしれません。
私が大山君のことを強く抱きしめると、大山君は驚いたのか、そっと手を添えて来ただけでした。この時、ようやく、私は今までの大山君の気持ちを理解することができたのでした。
「ゆ、雪野さん……?」
「私は、大山君のことが好きです。もし、大山君がたぬきだったとしても、この気持ちは決して変わりません」
「……お、怒ってないんですか?」
「いいえ。むしろ、私は大山君に感謝しているんです。勇気を出して、本当のことを教えてくれて、ありがとうございます」
すると、大山君は何も言わず、私のことを力強く抱きしめてくれたのでした。
「……でも、こんなに長い間、私に拒絶されると思っていたのは少しだけ心外です」
「す、すみません……」
「まあ、それは良しとしましょう。……ちなみに、一つ聞いてもいいですか?」
「はい」
「……私と大山君の間に、子どもは生まれるのでしょうか」
面と向かっていたら、絶対にこんなことは訊けなかったと思います。私は大山君に尋ねながら、顔から耳先まで熱々に火照ってくるのを感じました。
「えッ⁉ ……そ、それは、つまり、雪野さんは僕と」
「そんなことは言っていません。あくまで、学術的な好奇心です」
そんなことを言ってしまったせいか、大山君は少し『しょんぼり』としてしまいました。
「……う、生まれます。実際、僕の母は普通の人間なんです」
「ええッ⁉」
驚きのあまり、私は大山君のことを突き離してしまいました。ちょうど喉が渇いていたので、いつもの場所に戻ってぬるくなった煎茶を飲みます。それを見て、大山君は『のほほん』と、三杯目の煎茶を淹れてくれました。
そんな大山君を見て、私は、ようやく『いつもの日常が戻って来たんだなあ』としみじみ思い、つい嬉しくなってしまうのでした。
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