第3話 イエローカード
【南米A2リーグ・フラミンゴ練習場】
アレッサンドロ・フェルナンデスは、陽光に灼かれた人工芝に頬擦りして寝転んでいた。
練習は厳しく、心地よい。
この地に来たのは「正解」だった。
南米A2リーグは、ひらめきと感性に従う魅力あるサッカーが監督にもサポーターにも求められる。
アルゴリズムが支配するヨーロッパでキャリアを積んだ彼にとって「正解がない」ことは、とても新鮮な体験だ。
チームメイトや監督、サポーターは彼のどんな決断もどんなプレーも許容し、賞賛し、意味を見出してくれる。
彼はこのチームで自分を試し、新たな道を歩むつもりでいた。
「アレ!ナイス!」
たった今、ダイビングヘッドでゴールを決めた男が立ち上がると、アシストしてくれたジャンルイジ・モンテスが笑っていた。
フラミンゴの背番号8、黄金の右足を持つ男。
「よく届いたな。フォワードは、背が高いに限る。」
「練習で、あんなギリギリのパス出すなよ。」
アレッサンドロは肩をすくめた。
ジジは視野が広く、長短のパスを織り交ぜながらチームのリズムを作る。
フォワードのひとつ後ろ、「攻撃的MF」というポジションは、もはや南米においても絶滅していたが、そのまた後ろにポジションを下げてプレーする「CH:センターハーフ」、この8番の攻撃参加のタイミングには舌を巻く。
自陣の危険なスペースも、敵陣の空いているスペースも、誰よりもすばやく察知してアシストシューズ『SAKKE』でも敵わない、見事なパスを供給する。
「欧州でもトップクラスのMFとして活躍できるだろうな。」
チームメイトに”ジジ”がいることに、アレッサンドロは感謝した。
同時に、少し嫉妬した。
「フェルナンデス、ちょっといいかな。」
南米移籍をサポートしてくれた代理人に、クラブハウスに呼び出された。
「もう、欧州からオファーが来たのか?バルセロナ?ロンドン?」
アレはおどけて言う。
部屋には、知らない顔の男がひとり立っていた。
中背で痩せた体、洗練されたスーツ姿。
この暑さの中でも汗一つかいていない。
「はじめまして、アレッサンドロ・フェルナンデスさん。」
「俺を知ってるのか?」
フルネームで呼ばれて、アレは警戒した。
「もちろん。君はヨーロッパで活躍していたキリンジだ。フラミンゴでのプレーも素晴らしい。」
「何の用だ?」
「まぁ、座って。少し、興味深い話をしよう。」
男は名乗らない。眼差しには冷たい何かが宿っていた。
そこから始まった物語について、アレッサンドロは鮮明に思い出すことができない。
頭の中に「もや」がかかった状態で、淡々と語る初対面の男の話をだまって聞いた。
「簡単な話さ。」
男は静かに言った。
「分かった。善処する。」
呼吸を忘れていたアレは、やっと、ため息をついた。
「おいおい、頼むぜ。確実に遂行してくれ。」
男は代理人の方を見た。
代理人のマルチェロは下を向いたままだ。
【フラミンゴ vs ボカ ハーフタイム】
アレッサンドロはロッカーでスパイクの紐を結びながら、鏡の中の自分を見つめた。
それから、鏡に映ったジジの背中を見た。
―人工脊髄を移植すれば―
そのとき、スマートデバイスが震えた。
『音声メッセージ:母』
「最近、変な電話がかかってくるの。お前のことをしつこく聞いてくる人がいるのよ。誰なの?」
彼の心臓がわずかに跳ねた。
体内のナノマシンが動揺をすばやく鎮めた。
すっかりSOCの観戦にハマってしまったカサーレス捜査官が、自宅に戻ると、眼帯型サポートデバイス『ビジョン』から機械的な音声が流れた。
『捜査官、レポートをご確認ください。』
「MIAか?」
『はい。カサーレス捜査官のもとに配備されました、MIA(ミア)です。これから、あなたをサポートします。』
―Memory Intelligence Analysis―
通称MIA。GUPAが開発した犯罪事前検出AIだ。
GUPAの各デバイスと連携して、あらゆる調査や自動運転車の操縦まで、ひととおり何でもサポートしてくれる。
「今日の試合のレポート?」
アレッサンドロ・フェルナンデスが『試合中にイエローカードをもらう』
オッズ139.8倍=当選者1名、当選金額1700万ユーロ。
「この当選者は平均賭け金額の70倍のベットを前日に行っています。フェルナンデスは、これまでのキャリアを通じて1枚もイエローカードをもらったことはありません。」
まだ『アルゴリズム監督の支配権』が及ばない、南米だから起きたとも考えられる。
「つまり、彼は故意にイエローカードを?」
『可能性は88%。監視カメラにクラブハウスで代理人および1名の不審人物との接触記録が残っています。不正が行われた可能性を検証してください。』
カサーレスはソファにもたれかかった。
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