第20話  ようこそ

 蓮見メイド長が、静かに構える。


 余計な力みは一切ない。

 だが、それが逆に恐ろしい。


(……これは、相当な実力者だ)


《戦闘補助モジュール【行動予測】稼働中。

 敵の視線移動、筋肉の張力、呼吸変化を検知。

 次の攻撃軌道を0.8秒先まで予測》


 視界に、光の軌跡のようなものが浮かび上がる。

 蓮見が踏み込む前に、すでに次の一手が分かる。


(……来る!!)


 瞬間、蓮見の手が弾丸のように放たれる。


 だが――


「っ……!」


 私は、ほんの数センチ単位で体を傾け、紙一重で避ける。


 次の瞬間、別の軌道が浮かび上がる。

 今度は回し蹴り――


(左側から来る!!)


 私は素早く一歩後退し、蹴りの直撃を避ける。


ヒュッ!!


 蹴りが空を裂き、その余波だけで風が巻き起こる。


(くそ、どれだけ威力があるんだ!?)


 しかし、問題なく回避できた。


 私の脳内に、オラクルの静かな分析が響く。


《現在の回避成功率、92%。

 通常戦闘時よりも反応速度が0.3秒向上。

 このまま持続を推奨》


(いける……この能力を維持できれば……!)


「……なるほど」


 蓮見は静かに微笑んだ。


「これほどの回避能力を持っているとは。」


 だが、次の瞬間――


「それでは、これではどうでしょう?」


 蓮見の動きが、変わった。


 一撃、拳を繰り出す――が、それはフェイントだった。


 拳を止めたまま、一瞬の間を置き、今度は軌道を変えた攻撃が飛んでくる。


「っ……!」


 だが、私は反射的に次の攻撃軌道を察知し、ギリギリで回避する。


(まずい……! この人、こっちの回避パターンを読んで、フェイクを交えてきた!?)


《注意:行動予測を妨害する変則攻撃を開始。

 現在の回避成功率、72%。

 最適な回避行動を再計算中》


(やっぱり、並の相手じゃない!!)


 今度は、わざと攻撃のモーションを変えながら、わずかに間合いを詰めてくる。

 まるでこちらの防御範囲を削り取るような戦法。


 だが――


「……それでも、避けられるのですね。」


 蓮見の一撃が、私の顔のすぐ横を掠める。


 私の髪が、微かに揺れた。


(っ……危なかった……!)


 だが、回避は成功した。


そして静寂が訪れる。


 蓮見は一歩引き、ゆっくりと腕を下ろした。


「……これをかわせるなら、もういいでしょう。」


 その言葉に、私は思わず息を吐いた。


(終わった……!!)


 エリスとミレーヌが、満面の笑みを浮かべながら近づいてくる。


「すごいよ総華ちゃん! メイド長相手にあそこまで粘るなんて」


「ええ……本当に驚きました。」


 しかし、二人の表情には、どこか納得したような雰囲気があった。


 ――彼女たちは最初から知っていたのだ。


 蓮見メイド長が、ただのメイドではないことを。


「……さて、手合わせはここまでです」


 蓮見は整った呼吸のまま、静かに私を見つめる。


「あなたの仕事が決まりましたね」


「え?」


「これからは、エリスとミレーヌと同じく警備をお願いしましょう。」


「……警備?」


「屋敷内外の巡回、設備管理、お嬢様周辺の警戒業務などを担当する役目です。」


「……えっ、それって普通のメイドの仕事と……?」


「基本は変わりません。ただ、少しだけ動きやすい人材が求められるというだけです。」


 私は思わずエリスとミレーヌを見る。


 そして次の瞬間――


「やったー!!」


「これで一緒ですね!」


 二人が同時に私に抱きついてきた。


「わっ……!?」


 予想外の柔らかい感触が、全身に押し寄せる。


(ちょ、待って!? 近い近い!!)


「ふふ、これで毎日一緒にお仕事ですね、総華ちゃん♪」


「仲間が増えるのは嬉しいですね……!」


 二人とも本当に嬉しそうに、私の腕に絡みついてくる。


(いや、ちょっと、距離感!! 俺、男だから!!)


 脳内で警報が鳴る中、私は何とか冷静を保とうとする。


(……でも、まぁ……)


 この仕事をすれば、詩音にも近づけるはず。


 警備という方なら、彼女の生活圏にも自然と入れるし、護衛に近いこともできる。


(……悪くないかもしれない。)


 私は深く息を吐きながら、二人に囲まれたまま、静かにこの新しい仕事を受け入れることにした。


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