10話 初の魔法授業

 午前の授業が始まり、教室内は静かに整然とした空気に包まれていた。

 そして、2時間目――魔法教育の時間になると、雰囲気は一変する。


「では、各自自分の能力に合わせて、実技演習を行います」


 教師の声に、生徒たちは立ち上がる。

 教室の後方にある実技用の演習スペースに移動し、それぞれが自身の魔法を発動させていく。


 炎を操る生徒は、手のひらの上に揺らめく火球を作り出し――

 水を生み出せる生徒は、宙に浮かぶ小さな水球を自由に動かしていた。


 それぞれが自分の能力を使い、魔法が当たり前に存在する世界の一端を示している。


 私はその様子を見ながら、軽く息を吐いた。


(……やっぱり、俺……じゃなくて、私はここでは異質だな)


 この学園では、魔法が使えるのは当然のこと。

 だが、私は「無能力者」だ。


(どうする、どう乗り切るか……)


 考えているうちに、教師の声が響く。


「では、次は天ヶ崎さん、お願いします」


 空気が変わった。


 生徒たちの視線が、一斉に詩音へと集まる。


 詩音は、すっと顔を上げ、静かに言った。


「……私の魔法は、少し強すぎます」


「大丈夫ですよ。抑えればいいのですから」


「ですが……」


「問題ありません。あなたの能力を、みんなにも見せてあげてください」


 教師の笑顔には何の疑念もない。

 しかし、私は――


(……何か、嫌な予感がする)


 詩音が、小さく息を吐く。

 そして――


――視界が、一瞬だけ揺らいだ。


 私は、時間が切り取られたような感覚に襲われた。


(……え?)


 まばたきした瞬間には、すでに教師が絶賛していた。


「素晴らしい! これほどの魔法を、あなたは完全にコントロールしているのですね!」


「すごい、詩音様……!」


「やっぱり特別だわ……!」


 クラスの生徒たちも、口々に賞賛の声を上げる。


 しかし――


(……何が起こった?)


 私には、詩音が何をしたのか、まるで分からなかった。


 だが、一瞬だけ見えた。

 詩音の指先がわずかに震えていたことを――


「では、次は霧島さん、お願いします」


(……うわぁ、きた)


 ついに、私の番が回ってきた。


 私は魔法が使えない。

 当然ながら、このままでは相当まずい。


(どうする……何か言い訳を……)


 その時。


《危機察知モード起動。エージェント・サポートプロトコル発動。》


 オラクルの音声が、脳内に響いた。


《レベル1クリアランス解除。外部視認モード起動。》


 ――視界が、一気に変わった。


 私の目には、衛星からの熱探知データと航空写真が流れ込んでくる。

 視界の端に、学園周辺のマップと座標データが表示される。


 そして――


《窓の外、植え込みの隙間に対象検出。迷いネコを確認。》


 私は、瞬時に口を開いた。


「私の能力は千里眼です」


「……千里眼?」


「ええ、窓の外、植え込みの隙間に迷いネコがいます」


 教室内が静まる。


「ネコ?」


「そんなの、いるわけ……」


 クラスの数人が、窓際へ駆け寄った。


 そして――


「……いた! 本当にいる!」


「えっ、すごい!」


「こんな遠くまで見えてるの!?」


 クラス中がどよめいた。


 教師も驚いた顔をしている。


「……なるほど、素晴らしいですね。あなたの能力は、視認探知型の魔法というわけですか」


「……まぁ、そんなところです」


(危なかった……!)


 私は、内心でオラクルに感謝する。


(……ありがとう、オラクル)


《エージェント総士、今後も必要に応じて支援を行います》


(ああ、頼む)


 こうして、私はなんとか「能力者としての体裁」を整えることに成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る