第24話 おしかけてきた男

―――む?


「グルルルルル!」


俺が何者かの気配を察知して顔を上げると、間髪入れずにウォルナットノッカーが入り口付近に強い敵意を向けた。

フリスは何が起こっているのか分かっていないようだが、同様に警戒を始めた。


「―――いやぁ、ここも懐かしいな」


人影が現れると同時に、間延びした緊張感のない声が聞こえてきた。


「じ、ジンさん!?」


現れたのは、先日カッシーヴォとの交渉に用心棒として同席していたジンだった。


「よぉ、この間は世話になったなぁ。おかげでカッシーヴォの奴から解放されて気分が良くてな。お礼を言いに来たんだよ」


「……暇なんだな、おっさん」


「ち、ちょっとコットン!?」


「だってそうだろう。俺を殴った時の実力を考えれば、もっと下層を目指してもいいくらいの腕のはず。それを礼なんかのために追いかけてくるなんて、暇人のやることだよ」


「………っ!」


お前なぞ興味がないと言わんばかりに顔を下げてボソボソ悪態をつくと、ジンは言葉を詰まらせ口もとをヒクヒクさせている。


「こ、この前とは随分と態度が違うじゃねえか……。俺にはジンって立派な名前があるんだがなぁ、コットン君?」


「たかが酒のために身売りするようなバカはおっさんで十分なんで」


「ぐぬっ……」


ぐぬ、じゃないんだよ。

何を考えてカッシーヴォなんかとあんな魔法契約なんか交わしたんだか、情けないにも程がある。


カッシーヴォはおそらくだが、依頼できる回数が無くなりそうになったら無理難題を押し付けてきたに違いない。

あの囚人を殺して来いとか、なんとか。

もちろんジンがそんな依頼を受けないと分かってだ。


そうして、断らざるを得ない依頼が新たに依頼可能数を増やしてくれる。

カッシーヴォがこの間のような失態を冒さなければ、死ぬまで用心棒をやらされていたのだ。


ちょっと考えれば、この男ならカッシーヴォがどんな策を使ってくるかぐらい看破できるはずなのに、まんまと契約を結ばされている。


しかも、酒なんていう一時の快楽のためにだ。

フリスを見習え、フリスを。


「だから、おっさんで十分」


「……まあ、そうかも」


「フリスまでそう言うか……」


フリスの一言がジンを撃沈させた。


とりあえず、言うべきことは言ってやったかな。

二度目はないぞ、ジン。







「ところで何しに来たんだよ?まさか本当にお礼だけなんて言わないよな?」


「グルルルルル……」


ウォルナットノッカーから俺よりも強い敵意を向けられているジンを中に招き入れて、改めて話を聞く。


「ちょっとばかり、相談もあってな」


「相談、ですか?」


「ああ、単刀直入に言う。一緒に地下25階まで行ってほしい」


「その理由は?」


「今はまだ詳しくは話せない。だが、地下25階には俺の目的を遂げるための物がある」


「―――つまり、それを手に入れるのに協力してほしい、そういうことか?」


「ああ」


「断る」


「………っ」


ジンの眉間に深い皺が寄った。


だが、俺はもっと険しい顔をしているだろう。


当然だ、今のジンには信用が無い。


ここに来たばかりの時はいくらか言葉も交わしたが、それからはほとんど接触など無い。

加えて、この間までカッシーヴォの用心棒だったという事実と、それに至るまでの経緯が酒欲しさに契約に飛びついたという有様。

終いには、事情は話せないが力を貸せという耳を疑う話をし出す始末だ。


そんな男について行こうとする人間がいると思っているのだろうか――。


「どうしてもか?」


「言ってる自分が一番分かってるだろ?何度か顔は合わせているが、俺とあんたとは何の信頼関係もないんだ。その上何も語らずに協力を得ようなんて、子供でも都合が良すぎる話だってのは理解できるはずだぞ」


「………」


むべもなく断られたジンは拳を握って悔しそうな顔を浮かべていたが、やがてその拳を解いた。


「コットン、お前の言う通りだ。確かに自分勝手な言い分過ぎだった。邪魔したな」


ジンが踵を返すと、何かに気づいたウォルナットノッカーが奥に向けて走り出した。


「グルルルルルァァ!」


「!」


ウォルナットノッカーがタイミングよく生成されたばかりのクルミを尻尾撃ちする。

勢いよく放たれたそのクルミの弾丸は、少しだけカーブしながらジンの顔目がけて飛んでいく。


「あ、危な…!」


フリスが身を乗り出そうとしたそのとき、


 ―スパーンッ


軽快な打撃音が聞こえ、同時にクルミの殻が割れて地面に落ちる。


「「な!?」」


俺とフリスは同時に驚いていた。

なぜなら、今のは3か月間死ぬ思いをして習得したクルミ割りの技術そのものだったからだ。


(拳で割っただと!?あのクルミを打撃で処理しようとするなら、線ではなく点で捉えなくてはならないはず!あの高速で回転するクルミのお尻部分を的確に打ち抜いた………しかも振り向きざまに!?)


今、何でもないようにジンが行った打撃によるクルミ割り――――。


その圧倒的な技術力に、俺はジンの血の滲むような努力を垣間見た気がした。


「………久しぶりだったが覚えてるもんだな。それじゃあ、またな」


改めて背を向けてその場を離れようとするジン。

その背中からは悔しさのような感情が漏れ出していた。


「―――――


不意に名前で呼び止められたジンは足を止め、俺の言葉を待った。


「一つだけ聞きたい」


「………なんだ?」


「地下25階であんたが求めてる物って、いったい何なんだ?」


「…………………………」


「礼を言いに来たんだろ?後輩にダンジョンの秘密の一つくらい、置いてってくれてもいいんじゃないか?」


「…………………………」


俺はジッとジンの言葉を待つ。

倣うようにフリスもジンの背中を見つめていた。




「……―――【経験の果実】。それが俺に、いや囚人おれたちにとって今一番必要なものだ」

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