第4話





 昔から不思議と「友人」に困ったことはない。……いや、今思えば、彼女たちを純粋に友人だと信じていたのは、私だけだったのだろう。


 私だって馬鹿じゃない。

 私に話しかけてくれた「友人」たちの瞳に見え隠れする、友人に向けるには不躾な、さもしい期待。


 分かっていた。気付いていた。それでも、私は拒めなかった。

 彼女たちが好いているのは私じゃなく、私が置かれている環境だと、知っていたけれど。


 勿論、胸を張って友人だと紹介できるような友達も出来た。

 だけど雪澄さんは私よりも遥かに大きなお家の出だし、それ故の苦労も多かったのだろう。


 雪澄さんの気付かないところで、きっとその心は、密かに傷を増やしていた。


「……なら、私はやっぱりタイミングが良かったね」


 ぴくりと眉を動かして、雪澄さんが私を見る。私は、視線を重ねて微笑んで見せた。


「最初に通りかかったのが私でよかった。そのお陰でこうして……雪澄さんに選んでもらえたんだもの」


 深海の色をした双眸が、ぱちりと瞬く。それから雪澄さんは、やや苦みを帯びて笑った。


「百合子さんの前に通り過ぎた人は、誰一人俺を助けようとはしなかったよ。でも、あの日、あの時間に、百合子さんが通りがかってくれたことは、運命だと思ってる」


 最後は囁くように言った雪澄さんが、私をぎゅっと抱きしめる。耳朶を、雪澄さんの吐息が優しく擽った。


「ねえ、これで分かってくれた? 俺がどれだけ百合子さんを愛してるか」

「あ、愛」

「そうだよ。愛してる。だから二度と、百合子さんを蔑ろにするようなことは言わないで。それで、百合子さんもいつか、俺のことを愛してくれたら……」


 尻すぼんでしまった言葉。ゆっくり身体を離した雪澄さんは「ごめんね」と眉を下げた。


「強引に事を進めた自覚はあるんだ。どうしても百合子さんと結婚したくて。辛いことがあればすぐに言ってね。手放してはあげられないけど」

「……? 辛いことなんて、なにも」


 むしろ今は、幸せ過ぎるくらいなのに。


 だって自惚れじゃ無ければ、一方通行だと思っていた想いが、たった今、通じたんだもの。


 私は雪澄さんのことが好き。雪澄さんも私のことを……あ、愛してくれている。


 私の心に灯るこれだってもう、愛情だと思う。そこまで考えて、はたと気付く。


 雪澄さんは「いつか」と言った。それはまるで、私がまだ、雪澄さんを愛していないみたいな言い草にも聞こえて。


「わ、私も」

「ん?」


 そうか、まだ言ってなかった。


 雪澄さんにばかり告白させて、私の想いはまだ、ひとつも。


 私に耳を寄せた雪澄さんに、深く息を吸う。


 私は、秘密をこっそり教えるように、雪澄さんに打ち明けた。


「愛しています。……あなたのことを」


 ああ、顔が熱い。


 すぐに目を逸らそうとして、けれど雪澄さんの反応も気になって、結局ちらりと上目で窺い――驚いた。雪澄さんの顔も、同じくらい真っ赤だったから。


「ゆ、雪澄さ」

「―――ッ、待って」


 か細い声で悲鳴を上げた雪澄さんが、顔を腕で覆ってしまう。


 右へ左へ、狼狽えながら視線を彷徨わせる様子は、見たことの無い雪澄さんの姿だった。


「百合子さん、いくら百合子さんが優しいからってそれは駄目だと思う」

「えっと……?」

「俺に気を遣ってくれたのは嬉しいけど、流石に……勘違いする、から」

「か、勘違いじゃありません!」


 心外すぎるあまり敬語が飛び出してしまった。他人行儀に叱られた雪澄さんが驚いた表情を浮かべる。


「私も雪澄さんが好きです。だから、ずっと雪澄さんの奥さんでいたくて……そのためにどうすればいいのか悩んで、私……よく、分からなくなっちゃって」


 思えば随分と遠回りしてしまった。答えはこんなにも近くにあったのに。


「雪澄さんのこと、避けちゃってごめんなさい」

「百合子さん……」


 お互いに、顔の赤みはもう引いていた。


 真剣な眼差しの雪澄さんが真っ直ぐ私を見て、私の両手をそっと握る。


「やっぱり避けられてたんだ、とか、一部気になるところはあるんだけど……」

「ぁう」

「伝えてくれてありがとう。それから、勘違いなんて言ったりしてごめん」


 ふるふると首を振った。気にしなくていいのだと伝えるように。胸がいっぱいで、声には出せそうになかったから。


 くん、と軽い力で手を引っ張られて、顔を上げる。


 目を伏せた美しい顔がゆっくりと近づいてきて――私たちは多分、この瞬間、世界で一番幸せなキスをした。





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