第9話 失われた記録

未来の研究施設の内部は、まるで別世界だった。


天井のない広大な空間に、透明なパネルが浮かび、無数のデータが光の粒のように流れている。床にはどこからともなく柔らかな光が差し、壁には不思議な模様が浮かび上がったり消えたりしていた。


「……すごい」


僕は思わず息を呑んだ。未来の技術がここまで進んでいるなんて、想像もしていなかった。


みらいは慎重に周囲を見渡しながら、端末の前に立った。


「ここから"MI-RAIプロジェクト"の記録にアクセスできるはずよ」


彼女は手のひらのデバイスを操作し、端末に接続する。


すると、目の前の空間にホログラムが展開され、無数のファイルが浮かび上がった。


「すごい……こんなにたくさんの記録が……」


「でも、重要なのは"成瀬みどり"に関する情報よ」


みらいは手際よくファイルを検索し、一つのデータを開いた。


そこには、お母さんの顔写真とともに、こう記されていた。


――成瀬みどり / MI-RAIプロジェクト主任研究員

――失踪:20XX年

――ステータス:行方不明


「行方不明……?」


僕は思わず声を上げた。


「どういうこと? お母さんは未来にいるんじゃなかったの?」


「……わからない。でも、記録上では彼女は"消えた"ことになっているわ」


みらいはさらにデータを調べた。すると、一つの映像ファイルが見つかった。


「……これは?」


みらいがファイルを再生すると、青白い光の中に、お母さんが立っているのが映し出された。


「お母さん……!」


お母さんは何かを話している。だが、音声は途切れ途切れで、はっきりとは聞き取れなかった。


「みらい、音をなんとかできない?」


「試してみる……」


みらいはデータの復元作業を始めた。数秒後、音声が徐々に鮮明になっていく。


『――この実験は、想像以上に危険……時間の歪みが……』


『――もし私が戻れなかったら、明日翔に……』


そこまで言ったところで、映像は突然ノイズにまみれ、消えてしまった。


「お母さん……!」


僕は思わず画面に手を伸ばした。でも、そこには何もない。


「……"時間の歪み"?」


みらいは小さく呟いた。


「それって、どういうこと?」


「たぶん、お母さんは時空の狭間に取り残されたのよ」


「時空の……狭間?」


「そう。"MI-RAIプロジェクト"は、未来のAI技術を過去に送る実験だった。でも、何らかの原因で"空間の歪み"が発生して、お母さんはその中に閉じ込められてしまったのかもしれない」


「じゃあ、お母さんはまだ……?」


みらいは少し考えてから、僕の目を真剣に見つめた。


「助け出せる可能性はあるわ」


「本当!?」


「でも……簡単なことじゃないわ」


みらいは静かに言った。


「時空の歪みを修復しなければ、お母さんは戻ってこれない。それに……」


「それに?」


みらいは少し言いにくそうに口を閉じた後、小さな声で続けた。


「その歪みを修復すると……私は"消える"かもしれない」


「……え?」


「私は"未来の可能性"として生まれた存在よ。もし時間が正常に戻れば、私はこの世界に存在しなくなるかもしれない」


「そんな……!」


僕は言葉を失った。


お母さんを助けるためには、みらいがいなくなってしまうかもしれない。


「……大丈夫よ」


みらいは少し微笑んだ。


「私は、"未来"のために生まれた存在だから」


「でも……!」


僕は何かを言おうとした。でも、みらいはそっと僕の肩に手を置いて言った。


「今は、迷っている時間はないわ。お母さんを助ける方法を見つけるのが先よ」


僕は歯を食いしばりながら、強く頷いた。


「……うん」


僕たちは、"時空の歪み"を修復する方法を探すため、施設の奥へと進んでいった。

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