明日とみらいのAIちがい

ひなもんじゃ

第1話 おかあさんが消えた


僕、成瀬明日翔(なるせ あすか)は、普通の小学5年生だ。

毎日、学校できちんとノートを取り、宿題をし、放課後は友達とサッカーをして帰っていた。先生やクラスメイトからは「真面目だよな」と言われることが多い。特別頭がいいわけじゃないけど、わからないことがあれば図書室で調べるし、苦手な科目は自習で補うようにしている。努力すれば、たいていのことはなんとかなる。


でも――


僕には、どうしても解けない「謎」がある。


それは、おかあさん――成瀬みどりが突然消えてしまったことだ。


***


その日も、いつもと同じ夕方だった。


おかあさんはキッチンで夕飯の準備をしていた。コンロには鍋がかかり、味噌汁のいい香りが広がっていた。僕はリビングの机で算数の宿題をやっていたけど、料理ができるのを楽しみにして、ちらちらとキッチンの方を見ていた。


「今日はハンバーグよ。あすか、付け合わせは何がいい?」

「んー、ポテトがいいな」

「はいはい、じゃがいもふかしておくね」


そんな何気ない会話を交わしながら、おかあさんは料理を続けていた。


けれど、その次の瞬間――


ガタッ。


不意に、小さな音が聞こえた。


「……おかあさん?」


顔を上げると、キッチンには誰もいなかった。


さっきまで、そこに立っていたはずのおかあさんが、まるで幻だったかのように消えていた。


コンロの火はついたまま。鍋の湯気がぼんやりと立ち上っている。包丁はまな板の上に置かれたままだ。さっきまでおかあさんの声が響いていたはずなのに、リビングは静まり返っていた。


「おかあさん?」


もう一度呼んだ。でも、返事はない。


僕は慌てて立ち上がり、家の中を探し回った。玄関、洗面所、トイレ、寝室――どこにもいない。


おかしい。


こんなこと、あるはずがない。


外に出たなら、玄関のドアを開ける音がしたはずだ。でも、そんな音は聞いていない。


「おかあさん!!」


僕は叫びながら、もう一度すべての部屋を駆け回った。でも、何度探しても、どこにもいない。


まるで、世界から消えてしまったみたいに。


***


僕はすぐにおとうさんに電話をかけた。


「どうした、あすか?」

「おかあさんがいない! 料理してたのに、急にいなくなったんだ!」

「……いなくなった? どこかに出かけたんじゃないのか?」

「違う! だって、火をつけたままなんだよ! そんなの変じゃないか?」


おとうさんは少し黙ったあと、「すぐ帰る」と言って電話を切った。


10分後、仕事から帰ってきたおとうさんは、家の中を確認して回った。でも、やっぱりおかあさんはいなかった。


「……おかしいな」


おとうさんは何度もスマホを操作しながら、親戚や近所の人に連絡を取った。おかあさんの実家や、おかあさんのママ友の家にも電話をかけた。でも、誰もおかあさんの行方を知らなかった。


「おかしいよ、絶対おかしい。おかあさん、消えたんだよ」


僕が必死に訴えると、おとうさんは困った顔をして、「警察に連絡しよう」と言った。


***


警察が来たのは、それから三十分後だった。


制服姿の警察官が二人、リビングに座り、おとうさんと僕に話を聞いた。


「奥さんがいなくなったのは、何時ごろですか?」

「ええと、だいたい夕方の六時半ごろです。あすか、正確には?」

「六時二十分くらいだったと思います」


警察官はメモを取りながら頷いた。


「最後に見たとき、奥さんはどのような様子でしたか?」

「料理をしてました。ハンバーグを作ってて、それで……」

僕は言葉に詰まった。


「それで?」


「……消えたんです。僕の目の前で」


警察官は少しだけ眉をひそめた。


「消えた?」

「はい。料理してたのに、急にいなくなったんです」


警察官はおとうさんの方を見た。おとうさんは困ったように言葉を選びながら話した。


「僕が帰ってきたときには、確かに妻はいませんでした。ただ……」


おとうさんは僕の方をちらりと見た。


「子どもの見間違いという可能性は……?」


僕はびっくりして、おとうさんを見上げた。


「違うよ! 絶対に消えたんだ! だって、コンロの火はついたままだったし、包丁も置きっぱなしだったんだよ!」


警察官は落ち着いた様子で、僕に優しく言った。


「でも、お母さんが本当に消えたのなら、普通は何かしらの痕跡が残るはずだよね?」


「……でも、でも!」


「とりあえず、近所を確認してみます。何か手がかりがあれば、またお知らせします」


そう言って、警察官は家を出て行った。


僕は悔しくて、歯を食いしばった。


なぜ誰も信じてくれないんだ。僕は嘘なんてついてないのに。


「おとうさんは……信じてくれる?」


おとうさんはしばらく黙っていた。そして、静かに言った。


「……おかあさんは、きっとすぐ帰ってくるさ」


僕はその言葉に、何も言い返せなかった。


おかあさんは消えた。確かに目の前で。


それなのに、誰も信じてくれない。

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