【長編】王宮と森の魔窟

G3M

第1話 脱出行

 地方の城塞都市華異羅けいらの下町で個人探偵事務所を営む矢谷義仲は、魔物が住む森で誘拐された知事の娘を救出する依頼を引き受けた。だが本当の依頼主が軍の情報部であり、政治がらみの案件であることに気がついた義仲は、作戦中に逃亡を決意した。


 あと半日進めば、この魔物が住む森から出られる。矢谷は追手の魔物との戦いで、わざと足を負傷した。


「先に行ってくれないか」と義仲は保護対象である優華に言った。優華は知事を務める地方貴族の娘だ。


「何言ってるの、まだ歩けるでしょ」と優華。


「もう無理だよ。見ての通り、足を切られたんだ」と義仲。


「もう少しで境界よ」と優華。


「だから、もう俺の護衛は必要ない。同行している正規兵の小隊で十分だ」と義仲。「それに、ここからは道がわかりやすい」


「なぜここで休むの?」と優華。


「疲れたからだよ。それに傷が痛む」と義仲。「だからもう動けない」


「何言ってるのよ」と優華。「境界のパトロール隊とすぐに合流できるはずよ」


「だから君は行きたまえ」と義仲。


「パトロール隊と合流したら迎えをよこすわ」と優華。


「すぐに追いかけるから、迎えはいらないよ」と義仲。「パトロール隊が境界を超えるのはまずいだろう」


「境界で待つわ」と優華。


「境界は危険だ」と義仲。「パトロール隊と速やかに緩衝地域を抜けるんだ」


「あなたはどうするの?」と優華。


「すぐ後を追うよ」と義仲。「俺一人なら、いくらでも戦いようはある」


「そう」と優華。


「明るいうちに境界を越えるんだ。いいな」と義仲は念を押した。


「あなた、帰らないつもりでしょ」と優華。


「そんなつもりはない」と義仲。


「逃亡兵扱いになるわよ」と優華。


「せいぜい行方不明者扱いだろう」と義仲。


「ようやく吐いたわね」と優華。「どういうつもり?」


「ちゃんと帰るよ」と義仲。


「うそね」と優華。「あなたはずっと、兵士たちといるのが嫌で嫌で仕方がないっていう顔をしてたわ」


「あんたには関係ないことだ」と義仲。


「帰ればそれなりの報酬が出るわよ」と優華。


「俺は正規兵じゃない」と義仲。「せいぜい契約の報酬に三割上乗せ程度だろう」


「ないよりましでしょう?」と優華。「それに軍に就職できるかもしれないわ」


「今回の仕事で、俺はもう魔力を使いつくした」と義仲。「療養してもしばらく回復しない。だから帰っても仕事がないんだ」


「組合に相談してみたら?」と優華。


「むだだよ。延長なしの契約だ。もともと探偵なんて捨て駒なんだ」と義仲。


「なぜそんな契約したの?」と優華。


「前金が必要だったんだ」と義仲。


「借金でもあったの?」と優華。


「そんなところだ」と義仲。


「どこかへ行くのは、帰って残りの報酬を受け取ってからでもいいでしょう?」と優華。


「どうせはした金だ」と義仲。「それに、この作戦に参加した他の連中が英雄扱いされて町を歩き回るのを見たくない」


「ひねくれてるのね」と優華。


「ほっといてくれ」と義仲。「もういいだろう?そこで迷惑そうな顔をしてる従者どもを連れて、とっとと行くんだ」


「仕方ないわね」と優華。


「分かってくれたのか」と義仲。「じゃあ達者でな」


「ケイ、やりなさい」と優華。


 優香の後ろに控えていた肩幅の広い用心棒の女が携帯用のニードルガンの引き金を引いた。網のように広がる針の放射をよけきれず、義仲は右足に何本か食らった。


「何をする?」と義仲。


「毒じゃないから安心して」と優華。「少し眠っててもらうわ」


 針に塗られていた薬が効き始めて、義仲はばたりと倒れて眠った。

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