【長編】異能者の悪夢は終わらない
G3M
第1章 白雲様
第1話 斎藤隊長
「かけたまえ」と言われて、斎藤は白木の向かいのソファーに松田と並んで座った。
「斎藤先生、君の隊長としての初任務だよ」と白木。
「どのような任務でしょうか?」と斎藤。
「要人の護衛だ」と白木。
「要人とは誰ですか?」と斎藤。
「前川楓と言う二十歳の女性で、音大の声楽科の学生だ」と白木。
「知らない名前です」と斎藤。「どのような人物なのでしょうか?」
「ある政治家が妾に産ませた子供だ」と白木。「彼女があるパーティーに呼ばれたのだが、怪しげな参加者が多数いる。それで、ある筋から身辺警護を依頼された」
「はあ」と斎藤。「それは、わが常設隊の扱うべき案件なのでしょうか」
「まだ話は終わっていない」と白木。「前田楓は異能の持ち主だ」
「どのような能力でしょうか?」と斎藤。
「彼女の歌声は狐狸妖怪の類を呼び出すことができる」と白木。
斎藤は顔をしかめた。「その程度では異能と言えませんよ。それに女性一人の警護なら、警備会社で間に合います」
「だが、パーティーの主催者は佐々山武だ」と白木。
「例の音楽パーティーですね」と斎藤。「怪しいうわさが絶えません」
「ああ、その通りだ」と白木。「佐々山は個人的なパーティーで、異能者を集めている。前田楓も佐々山に目を付けられてしまった」
「それでは事前に出席を止めればよいのでは?」と斎藤。
「彼女は参加したがっている」と白木。「だが、政治家の父親が佐々山とのつながりをよく思っていないのだよ」
「なるほど」と斎藤。「では、警護と言うよりは、万が一の際の救出ということでしょうか」
「まあ、そうなるかもしれん」と白木。
「どちらにしても、この仕事は私たちより警備会社を使うべきです」と斎藤。「それに私たちの戦力はまだ整っていません」
「先日、新人が何人か配属になっただろう?」と白木。
「入ったばかりの新人はまだ実戦で使えません」と斎藤。
「そうも言ってられないのだよ」と白木。「適当なメンバーを選抜したまえ」
「しかし、なぜ我々なのでしょうか?」と斎藤。
「パーティーの場所が悪いのだ」と白木。「奥玉山のふもとのホテルを貸切るらしい」
「例の白雲神社に近いですね」と斎藤。
「あんな場所で夜な夜な笛だの太鼓だのを鳴らして酒盛なんて正気の沙汰じゃない。出てくれと言わんばかりだ」と白木。
「場所を変えるように主催者を説得してはいかがでしょうか」と斎藤。
「もうしたよ」と白木。「だがあの連中は聞く耳を持たん。それどころか、蛇の巣をつつくことが目的らしいのだ」
「どういうことでしょうか?」と斎藤。
「私にもよくわからん」と白木。「佐々山は蛇に対抗するために、達磨組と契約している」
「何のためでしょうか?」と斎藤。
「分からんから、君たちに出動してもらうのだよ」と白木。
「そういうことでしたか」と斎藤。「佐々山氏周辺の情報収集ですね」
「そうだ。連中は蛇を呼び寄せるつもりらしい」と白木。「その際は君たちも現場に立ち会ってほしいのだよ」
「前田楓の歌声で呼び出すつもりでしょうか?」と斎藤。
「そうかもしれん」と白木。
「分かりました」と斎藤。「ですが、佐々山は蛇を呼び出してどうするつもりなのですか?」
「さあな」と白木。「それがわからんから君達に出動してもらう。何度も言わせないでくれ」
斎藤は無言で白木を睨んだ。
「噂では、佐々山は瑞祥石を手に入れたそうだ」と白木は仕方ないという顔をして言った。
「何ですか、その瑞祥石というのは」と斎藤。
「以前、蛇神を閉じ込めてあった石の名前だ」と白木。
「詳しく教えてください」と斎藤。
「私だってよく知らんのだ」と白木はいつもの口癖を言った。
斎藤と松田は無言で白木を見つめた。
「瑞祥石は江戸時代に清から伝わったものだそうだ」と白木。「酒を供えて拝めばご利益があるという触れ込みだったが、それは蛇神が封印されれた危険な石だった。おそらく、厄介払いのために大陸から持ち込まれたのだろう」
斎藤がなるほどと相槌をうった。
「石の危険に気がついたある僧侶が自分の寺に隠したそうだ」と白木。「だが幕末の戊辰戦争のごたごたで石が良からぬ人物の手に渡ってしまった」
「石の持ち主は蛇神と取引して立身出世と引き換えに社を立てて信奉することを約束した。その社が白雲神社だ。酒と女にだらしのない田舎侍を総理大臣に仕立て上げ、蛇神は信奉者を多数得た。次第に力を得た蛇神はついに結界を破った」
「蛇神が出てくると何か問題なのでしょうか?」と斎藤。
「封印された状態では、ご利益と引き換えにちょっとした便宜を図ることができる程度だが、封印が解けてしまうと物質化して人を襲うのだ」と白木。
「今は封印が解けた状態ではないですか」と松田。
「そうだ」と白木。「だから自由に動き回っている」
「佐々山は瑞祥石を何に使いつもりでしょうか?」と斎藤。
「おそらくもう一度蛇神を石に封じるつもりだろう」と白木。
「何のためでしょうか」と斎藤。
「よく知らないが、佐々山は蛇神に恨みがあるらしい」と白木。「それで、蛇神を石に閉じ込めようとしている」
斎藤が白木の目を見た。「危険では?」
「そうだよ」と白木。「だから君に出動してもらう」
「今、戦力が不足しています」と斎藤。「せめて広瀬先生に復帰していただかないと」
「広瀬先生には別の任務を依頼した」と白木。「だからここに戻ることはない」
「では、術者の招集をお願いします」と斎藤。
「もうしたよ」と白木。「明日ここに何人か来るから連れていきたまえ。それから他にも会場に直接送り込む予定だ」
「すぐに準備を始めます」
「頼むよ」と白木。
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