第22話
あからさまな侮蔑を顔に浮かべ、鈴は冷ややかな眼差しで栄治を睨んだ。
<font color="#cd5c5c">「頭がおかしいんじゃないの?お金をいくら積まれても、あなたなんて絶対にお断りよ」</font>
何がおかしいのか、しきりに笑っていた栄治が、笑いを止めた。
<font color="#669966">「へぇ、そうかい。見掛けによらずっていうか、相変わらず強情だねぇ」</font>
次の瞬間、鈴は着物の衿を掴まれ、引きずりよせられた。
<font color="#669966">「生意気な女だな。俺にそんな口を聞くなんて」</font>
衿を持たれたまま、栄治に井戸の方に引きずられていく。
足が井戸にぶつかる。
栄治は、さらに鈴を井戸の方に押しやった。
井戸に落ちる
その恐怖に鈴が青ざめると、栄治は楽しそうに口元に笑みを浮かべた。
<font color="#669966">「どうした?さっきまでの勢いは?」</font>
<font color="#cd5c5c">「や、やめて…!」</font>
今にも突き落とされそうな恐怖に、鈴は喘ぐように言う。
<font color="#669966">「やめて欲しいか?なら、謝れよ。栄治様、申し訳ございませんでした。私は栄治様の物です。お好きなようになさって下さい。ってな」</font>
ぐいぐいと井戸に押されて上半身が反る。
<font color="#cd5c5c">「や、やめ…や…」</font>
<font color="#669966">「ほらほら、早く言わないと落ちるぞ」</font>
屈辱と恐怖で顔色をなくし、鈴は悲鳴をあげそうになりながら、落ちないように何とか身体の重心を前に移そうとするが、栄治は容赦がなかった。
<font color="#cd5c5c">「ひっ……やめて、落ち…!やだ、助けて!ひ、ひ…、彦……っ!」</font>
彦佐の名前を聞いた瞬間、栄治は笑いを消し、鈴の身体を井戸に落とす勢いで押した。
<font color="#cd5c5c">「……っ!」</font>
体がバランスを崩して、後ろに倒れる。
衿を掴む栄治の手が離れた。
―――落ちる!
そう確信を持って、思った時。
一番最初に浮かんだのは、琴を抱く彦佐の姿だった。
ちゃんと話もできないままに終わってしまうことに、初めて本心から悔やんだ。
彦佐は謝ったのに、鈴は許さなかった。取り乱していたのは、鈴を愛していたからに違いないのに――…謝る彼の言葉を、ちゃんと聞いてあげることもしないで、はねつけた。
<font color="#cd5c5c"> ――…ごめんなさい、彦佐。</font>
心から、思った。
支えとバランスを失った体は、井戸に投げ出された。
――が、次の瞬間、鈴の腕は大きな手に掴まれた。
その手は強い力で彼女を引っ張り、井戸に落ちるのを防いだ。
何が起きたのか、わからなかった。
……太陽の匂い。日だまりのあたたかさ。
それが彼女を包む。
<font color="#4682b4">「大丈夫か、鈴?」</font>
低く、深い声に、鈴がよく知っている、あたたかい腕に抱きしめられているのを感じて、彦佐に助けられたと気付く。
彼は太陽の匂いがした。あたたかくて、気持ちいい、冬のひなたの匂い。
耳をあてている胸から聞こえる規則正しい鼓動に、恐怖に強張っていた鈴の身体が溶ける。
目を上げると、彦佐が張り詰めた鋭い表情で、鈴を片腕に抱いて立っていた。
もう片方の腕では、琴が眠っている。
二人の娘は、両親の切羽詰まった様子にも気付かず、ぐっすり寝ていた。
<font color="#cd5c5c">「彦……」</font>
震えている鈴の頭を大きな手で撫でると、彦佐は愛娘を母親に渡した。
<font color="#4682b4">「ちょっと、琴を頼む」</font>
そして、娘が母親にしっかり渡るのを確認すると、素早く栄治に近づいて、つかみかかった。
<font color="#4682b4">「栄治。いい加減にしないと、おまえをこの中にたたき落とすぞ」</font>
井戸の方を顎でしゃくり、彦佐は低く唸るような声で言った。
<font color="#669966">「ひ、彦佐…ご、誤解だ!俺は鈴が井戸に落ちるんじゃないかと心配して…」</font>
彦佐が登場するとは思わなかったのだろう。栄治の慌てぶりは滑稽なほどだった。
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