第46話

「まったく……無茶をするな、レオン」


 ユリウスが軽く笑いながら言う。

 手にある剣は、黄金の輝きを放つ、『聖剣』へと変貌していた。


 オレは驚きながらユリウスを見た。


「神殺しの剣が、聖剣に戻ったのか……?」

「そのようだな。この剣はもともと私の聖剣だったわけだしな」


 ユリウスは静かに頷く。


「……そうか、良かった。その剣はオレには扱いきれなかったからな」


 オレは苦笑する。

 

「レオン、まだ立てるか?」

「ああ、なんとかな。でも向こうの状況も良くない」


 オレは痛みを我慢して立ち上がるとエリシア、ノワール、ヴェルゼリアの戦線を見た。

 彼女たちはなおも戦い続けていたが――状況は、決して良くない。


 エリシア・オリジナルの召喚するデータの残骸たちが、次から次へと押し寄せる。

 斬っても、砕いても、まるで終わりがない。


 3人はうまく連携して次々と敵を粉砕していたが、魔法が封じられている今、彼女たちの本来の力は発揮できていない。

 一向に減らない敵を前に明らかに疲労が見え始めている。

 

 せっかくユリウスが来てくれたが――このままではまずい。

 一刻も早く神を倒さないと、彼女たちが危ない。

 

 のんびりしている暇はないみたいだな。


「ユリウス、オレは神を倒す。お前の手を貸してほしい。頼めるか?」

 

「ああ、もちろんさ。私はそのために来たのだ」


 オレはヴェルゼリアがくれた剣を取り、ユリウスと肩を並べる。


 ユリウス……神に選ばれし勇者。オレを殺すはずだった男。

 それが今はオレの味方。敵だった時と違い、こんなにも頼もしい。

 

 オレとユリウス。この2人なら神を倒せるかもしれない。


「まさか、レオンと共闘するとは思わなかったな」

 

 ユリウスが剣を構え、嬉しそうに笑う。

 オレもそれに応える。


「オレもだよ。……いくぞ!」

「ああ!」


 

 ◆


「ふふっ……もう、飽きてきましたね。そろそろ終わりにしましょうか?」


 エリシア・オリジナルが、気怠げに笑った。だが、その瞳の奥には冷たい光が宿っている。

 まるで、この戦いの結末をすでに決めているかのような不気味な余裕。

 

 次の瞬間――背後の虚空が歪み、黒い波紋のようなものが広がった。

 何かが現れる――!

 

 ノワールは瞬時に身構える。

 エリシアとヴェルゼリアも、わずかに表情を引き締めた。


 だが――そこから現れたのは、1人の小さな少女だった。


「……アーシェ?」


 ノワールの瞳が揺れる。

 普段の余裕など微塵もない、明確な動揺だった。

 

 それを見たエリシア・オリジナルは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。


「紹介するわ。この子はアーシェ。私と同じく神の意志を受けた存在……私たちの力を完璧なものにする最後のピースよ」


 エリシア・オリジナルの後ろにいたアーシェと呼ばれた少女が前に進み出る。

 10代前半くらいの見た目。まだ幼さの残る顔立ち。しかし、そこから発せられる威圧感が尋常ではない。

 

「姉さん……久しぶりですね」


 小さな唇が静かに言葉を紡いだ。

 姉さんと呼ばれたノワールの目が、大きく見開かれる。


「姉さん……?」


 エリシアが驚きの声を漏らす。ヴェルゼリアもほんの僅かだが目を見開いた。


「ノワール、妹がいたんですか?」

 

「あら? もしかして、そこの女から何も聞いてないのですか? 可哀想に」

 

 そんな2人を嘲笑うかのように、エリシア・オリジナルが楽しそうに微笑む。

 

「説明してあげたらどうです? ノワール」

 

「そうね。……私は、この世界のシナリオ管理者だったの」


 淡々とした口調。しかし、そこにあるのはただの事実ではない。

 ノワールにとってそれは過去であり、呪でもある。


「この世界は、神の手によって作られた世界。でも神は1人で全てを見ているわけじゃない。他にも管理者がいるのよ。そこのエリシアのオリジナルみたいな、ね」


 そしてノワールは皮肉げに笑った。


「私は……バグが多すぎて封印されたのよ」


「バグ……?」


 ヴェルゼリアが慎重に問いかける。


「そう、私が気まぐれに動きすぎたせいで、神の想定するシナリオを壊し始めてしまったの」


 ノワールは苦笑しながら肩をすくめた。


「世界は完璧であるべき。でも、私は自由すぎた。神の理想の世界を作るはずが、私の気分次第で勝手に改変されていった……だから私は欠陥品と判断されて封印されたのよ」


 冗談めかして話すノワールだが、その瞳の奥には複雑な感情が見え隠れしている。


「でも、神は気にったのでしょう? 貴方の個性を。だから、もう一度貴方をベースに管理者を作り直した」


 エリシア・オリジナルの唇が冷たい笑みを浮かべる。


「そうね……アーシェは、私を元にした修正版よ。つまり完全版の管理者ってわけ」


 ノワールがアーシェを見やる。

 神が作った、より制御しやすい管理者。

 

 完全な存在と欠陥品。

 それが、アーシェとノワールの関係だった。


 ノワールを元に作ったからこそ、アーシェは妹のような存在だった。


「完全な管理者であるアーシェなら、シナリオを管理できると思ったんじゃないかしら?」


「分かりましたか? 貴方たちはノワールの妹に殺されるのです。楽しみですね。ではアーシェ、お願いしますね」


「神の意のままに……」


 エリシア・オリジナルが冷たく命じると、その言葉を待っていたかのように、アーシェが歩みを進める。

 そのままエリシア・オリジナルの横を通り抜け、ノワールたちの方へ向かっていく。


 ……かと思われたが――。


「……なーんて、言うと思った?」


 アーシェはクスッと笑った。

 

「な……何を……?」


 エリシア・オリジナルが困惑する。


「私を元にアーシェを作るなんて、神もバカよねぇ!」

 

 ノワールは薄く笑う。


「そうよね。だって元が姉さんなんですから」


 アーシェはノワールを見つめ、その瞳を細めた。

 

「神サイドの駒なんて、やってられないって話よ」

 

 アーシェはエリシア・オリジナルの横をすり抜け、領域の媒体である『干からびた右手』を破壊した。

 

 ――バキィッ!!

 乾いた音と共に、空間を支配していた制約が弾け飛ぶ。混沌領域エーテル・ディストーション の効力がなくなったのだ。


「……これで魔法が使える!!」


 ヴェルゼリアの瞳が鋭く光る。


「今よ、姉さん!!」

 

 アーシェが叫ぶ。


「ようやく反撃開始ってわけね!」


 エリシアが笑みを浮かべて、剣を構える。


「ふふっ。妹さんもノワールに似てますね」

「ええ、いい妹でしょ?」

 

 ノワールが愉快そうに笑う。

 

「いままで好き勝手やってくれたお返しをしましょう」


 そのまま、2人は一気に距離を詰めた。

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