第44話
その瞬間——。
ズンッ!!
大広間全体が震え、天井から黒い霧のようなものが滲み出し始めた。
エリシアとヴェルゼリアが、思わず声を上げる。
「な、何よ、あの黒いの?」
「あまり良いものじゃ……ないですわね」
——オレたちは待ち伏せされていたと見ていい。
相手の手際が良すぎる。
この場所には、何かが仕組まれている。
オレはゆっくりと息を吐き、握る剣に力を込める。
黒い霧は絶え間なく天井から漏れ出し、神殿全体に広がっていく。
「その黒い霧……まさか領域か?」
領域とは、相手に不利な制限を課す特殊な力場だ。
なんの制限が掛けられるのか、それは見た目にはわからない。
本来、ゲームバランスを崩すとしてプレイヤーの抗議により削除されたはずの能力。
……だが、神に仕える存在は、その力すらも平然と使ってくるらしい。
「察しがいいですね、レオン」
エリシア・オリジナルの冷たい声が響くと同時に――。
彼女の背後に、巨大な魔法陣が出現した。
その中で、何かが蠢いている……。
――あれは手か?
魔法陣の内部から、無数の手が伸びてくる。
そして、頭が、胴体が……歪な存在が這い出してきた。
それは、人の形をしていた。
だが、どれも不自然に歪み、まるで「人のなり損ない」——失敗作のようだった。
「あら、随分ブサイクな連中ね」
「ですが……それなりの力を秘めているようですね。油断は禁物ですわ」
ノワールとヴェルゼリアが、それぞれ感想を漏らす。
「彼らは、神が作った不要になった存在——データの残骸たちです」
「データの残骸だと……」
「さあ、やつらを排除しなさい」
オリジナルが静かに手を上げると、データの残骸たちが一斉にこちらに襲いかかってきた。
「チッ……!」
オレは剣を振り抜き、目の前の残骸を両断する。
だが、次から次に湧いてくる。
「……クソ、これじゃキリがない……!」
「レオン様!」
ヴェルゼリアがオレの背後で魔力を練り始める。魔法で一気に殲滅するつもりだ。
だが、だが、その瞬間、違和感が走る。
「——ヴェルゼリア! 魔法を使うな!」
「……!?」
オレの直感は正しかった。
ヴェルゼリアの展開した魔法陣が不気味に歪みだす!
「ッ……!!」
暴発するギリギリで魔法を解除し、ヴェルゼリアは後方へ飛び退く。
「魔法を乱す領域……か」
「その通り。ここは
オリジナルが薄く笑う。
――最悪だ。
このパーティは魔法がオレ以外の女性陣が魔法を使う。
魔法が使えないとなると、圧倒的に不利になる。
どうにかして
「厄介なことをするわね……」
ノワールが不機嫌そうに眉を寄せながら、黒爪で残骸を斬り飛ばす。
「レオン様。この領域を解除する方法はありますの?」
ヴェルゼリアの問いに、オレはゲームの記憶を手繰る。
「領域には、発動の媒体になるアイテムがある。それを破壊すれば解除できる」
「けれど、それがどれなのかはわからないのですわね?」
「ああ。決まった形がないんだ」
それに、媒体が効果を発揮するのは一定範囲内のみ。
つまり、オレたちのすぐ近くにあるはずだ。
……だが、どこにある?
整然と並んだ装飾品の中に紛れているのか?
それとも、エリシア・オリジナルが身につけている?
どれも怪しく見えてくる。
一体、どれが領域の媒体なんだ。
一向に減らないデータの残骸たちを相手にしていたら、いずれこっちが参ってしまう。
領域もそうだが、コイツらの無限湧きもなんとかしないとヤバい。
魔法の使えない現状では、回復手段が限られている。
長期戦になれば、どんどんこっちが不利になっていく。
「この部屋……何か、違和感があるのよね……」
ノワールが周囲を見回しながら呟く。
オレにはさっぱりわからないが、ノワールの直感はバカにできない。
この広間には物が多すぎて、どれが媒体なのか判断がつかない。
「くそ……」
焦るな……。
だが、このままじゃジリ貧だ。
「ねえ……あのオリジナルの後ろの棚なんだけど」
エリシアが指差す先……オリジナルの背後にある棚は様々な物がある。
古びた書物。
金属のプレート。
割れた仮面。
黒や赤に染まった結晶。
干からびた枝。
オレは目を凝らしてよく見る。
干からびた枝に見えたが、あれは人間の手か。
手首より少し先で切断された右手だ。水分が抜けて枝のように見えるのだ。
指先から、仄かに闇が滲み出しているように見える。
「あれか……?」
だが、あそこにたどり着くにはデータの残骸たちを倒し、エリシア・オリジナルを潜り抜けないと辿り着けそうにない。
「一点突破で押し切るしかないな……」
部屋を埋め尽くさん勢いで、残骸たちは増え続ける。
オレは剣を握り直し、深く息を吐いた。
「みんな、オレはあの棚を狙う。援護してくれ!」
「了解!」
「派手にやっちゃっていいのよね?」
「なるべく隙を作りますわ」
オレたちは一斉に飛び込んだ。
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