第四話:ラブレターの罠
思い通りには進まない
僕の言葉は予想外だったのか。目を丸くし間抜けに口を開けて、綾人は少し驚いたような表情を浮かべた。それからハッと僕の横へ目を滑らせる。
「……倫太朗? 渡んないの」
「ああ、行く」
僕が一歩足を踏み出すと歩行者用信号機は点滅を始めた。
小走りで渡り終え、信号は赤に変わる。隣に並ぶと綾人は「そっかー」と、ぽつり呟いた。
「なんだよ」
「うん? いや、倫太朗にもそういう感情があるのかーって、しみじみ」
「大袈裟だな。なんだ、お前は僕を感情のない人間だとでも思ってるのか」
「まさか。感情がなかったら推理なんてせずに放置でしょ。で? 嬉しかった倫太朗くんは、まさか差出人にオーケーするつもりなのかな」
坂道を下る。コンビニが視界に入ってきて、ふと田村さんの顔が浮かんだ。
僕は小さく一度、首を横に振る。
「もし付き合いたいとか何か先を望んでのメッセージだったなら、僕はゴメンナサイをするしかない」
「……ふうん? まぁそうか、嬉しいのと付き合うのは別問題だしね」
「ああ。綾人ならその経験は豊富だろ」
「んー、答えにくい質問するなぁ」
綾人は困ったように笑う。どうでもいいが僕は綾人のこのなんともいえない表情を見ると何故だかニヤけてしまう。
性格が悪いとの評価は、女子の言い過ぎではないのかもしれない。
綾人は空を見上げた。答えを思案しているのか、ただ見上げただけか。まあ、綾人は質問といったけど僕にそんなつもりはない。
んん、と喉を鳴らし首を擦り。僕は話を続けた。
「あの手紙が何か望んでいるのだったら、名前は書き忘れなんだろうな。名乗らずにどうこうなれるわけがないんだから」
「ん~、そうなるかもね」
「僕が受け取ったものにはどんな意図があると思う? 前に言ってたよな、伝えたいだけかもって。どっちだと思う」
「えー? そんなの俺にはわかんないよ」
「そうか? わかんないか?」
コンビニは随分と上の方になってここからじゃもう見えなくなった。
緩やかな坂道は続く。僕らはその途中で左折し住宅街へ進んだ。
「わかるわけないでしょ。俺はそっち方面のスペシャリストじゃないんだけど」
「そっち方面の経験値は僕よりあるだろ」
「誰でも語れるレベルの、どこかで聞いたような言葉しか出てこないよ。恋愛が絡むと想像より複雑だよねー、逆に単純だったりするよねー。みたいな、そんな程度だよ」
「じゃあこっち方面なら?」
ほぼ間髪入れずに言ってしまって、驚いてるのは誰でもなく僕だった。
綾人は「何言ってんの?」と、内心で僕が僕へ思ったものと同じことを言う。
「こっち方面ってどっちよ?」
綾人は薄く眉を寄せて、人差し指を空中で揺らした。右か左か、上か下かと。
驚いた後に起こるのは小さな苛立ち。僕は何を口走ってるんだと、地団駄でも踏みたくなる。
でも今はこらえなくては。
自分で言っておいておかしな話だが、まさかこんな風に切り込むとは思わなかった。
しかし撤回も訂正もできないのだから突き進むしかない。
「今回の件に限って、ならスペシャリストと呼べるんじゃないか?」
そう言って僕は一度、唇を閉じる。ただの呼吸がため息に思われたら嫌なので、僕は顎を引いた。
綾人からの反応は、なかった。だけどハッキリと伝わってきたものがある。
まるでここにある空間はガラス張りのようだ。空気というのは掴めないし見えないのに。ピシ、とヒビが入った感じがした。
僕は肩にかけたバッグの持ち手をぎゅと握る。
「綾人。僕は事実を話した。アレについて隠してる部分はなかった。だけど言わなかったことがある。それは話の進行上だったのか省いても支障がなかったからなのか、僕自身わからないんだけど。
でも僕は綾人にひとつ、伝えていないことがあったんだ」
歩幅が狭くなる。変わらない綾人とは少し距離が生まれた。
綾人の顔は見れていない。僕はまだ顎をあげられていないのだ。
だからどんな表情をしているか。わからない。
「……へえ? なんだろ」
でも声からは、わずかに動揺を感じた。
僕は足を止めると深呼吸をする。
綾人も数歩先で足を止めて、僕へ振り返った。
顔をあげる。綾人は体の半分を斜めに僕へ向けて、顔は体に逆らわない角度にある。
僕へしっかりとは向いていない。だから視線は交わらない。
組み立てはできていなかったのに始めたせいだろうか。できてたらこんな流れからじゃなくて、もっと、こう。
だって推理をお披露目するのだ、ちょっともったいぶってみたりさ、やれたと思う。
だけど現実は、なんだか責めるような。詰めていくような気分になった。
僕には余裕がない。ダメだな、急いちゃ。
こういう場面では冷静さを欠いちゃいけないだろうに。自分の推理を語る探偵たちは落ち着いているじゃないか。
……いや、もしかしたら内心はドキドキしてたりするんだろうか。
なんて。ああ、くそ。脱線してもちっとも静まってくれない。
それどころか、心臓はどくんどくんと強めの主張を止めないし、頬にはじんわりと熱を感じる。まだ冷たさの残る風が撫でるのにそれは下がらない。
僕は緊張していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます