目的のためなら
田村さんの顔に浮かんだ笑みは自嘲だろうか。僕にはそう見えるんだけど。
被害妄想とやらのせいなのかな。
しかし「どうしたの、そんな顔して」なんて聞かない。僕の用は済んだ。
そろそろ教室に戻ろうかな。
僕の思考を読んだのか、田村さんは窓の方へ歩くと壁に背を預けた。
途端に廊下は進みやすくなった。まるで「行ってどうぞ」と道が開かれたのだけど、そんな力を田村さんが持っているとは思えないので様子を窺う。
田村さんはスカートの前で両手を揃える。文庫本は相変わらず裏表紙で、両方の手で覆われてバーコードすら見えない。
やっぱり僕の頭は覗かれてなんかなかった。突っ立ってるのが疲れたのか、気分転換なのか。特に意味はなかったのかもしれない。
田村さんはぽつ、ぽつと呟く。
「わたし何であんなことしたんだろう……」
困ったな、もう用は済んだのに。
田村さんの話を聞いたところで僕が得られる情報や新発見はない。それどころか時間が経過していくことで、誰かに目撃される危険性が増す。
別に僕は(どうでも)いいけど、田村さんは大丈夫なのだろうか。
「自分でもよくわかんないの、どうして佐田くんたちをつけたりしたのか。
前を佐田くんたちが歩いてて、気が付いたらそうしてて。もちろん気になったからなんだけど、だけどハッキリとした理由がわからない。
嫌な気分にさせたでしょう? わたしだってそう、もし誰かが後をつけてきたら気持ちが悪い。なのにどうしてあんなこと……」
僕は思うんだ。人間ってそんなに優秀なのかなって。
理性と感情は時々敵対する。
なのに行動だけが制御できるなんておかしい。理解不能な暴走をしたって、まぁ不思議じゃないよ。
理屈では説明のできない感情や衝動が起こることもあるんじゃないかな。
……なんてね。言いはしないけど。
吐き出したいものがあるのならいくらでも黙って耳を傾けるよ。
まあ意見を求められれば――いや、それでも言わないか。本音と建前が半々な、薄っぺらい慰めのようなもの。「本当にそう思ってるの?」なんて突っ込まれかねない。
だって僕は、そんな理解不能な行動にも理由があるんじゃないかと探ってしまうんだ。だから今、こうして田村さんといるわけだし。
どうしてと理由が欲しいなら、それはもう昨日も言ってたじゃない。「気になったから」なんだと思うよ。
田村さんはこの件の当事者ではないのに随分と関わっている。靴箱で目撃し、それについての会話を耳にした。気になっても変ではないよ。
「それに何であんなこと言ったのか、ほんと意味わかんないの。自分がわかんない。……ねぇ、佐田くんはわたしがどうしてあんなこと言ったのか、わかる?」
それは脅迫のようなあの文言のことかな? キミの気持ちをボクがわかるはずもないサ。
と言いたいけど、正直なところ、なんとなく予想はつく。
でも僕に指摘されたくないだろう? だから僕は口を開かない。だって田村さんの目は僕なんか見ちゃいない。
「……誇示したかった、のかな」
田村さんは呟いた。それはきっと自虐の意味を込めていたと思う。僕のへたくそな和ませテクとは違って本音なんだろう。
でも。誇示、ね。
僕が思うに、綾人が受け取った印象の方が近かったのではないだろうか? 弱みでも握ったつもりだったのではないかな。
それを誇示と表現しているのであれば、同意見だけど。
頭の中でいろいろ思っても僕は何も言わない。
余計なことだし、なにより刺激することで田村さんの気持ちに変更があってはたまらないからね。
怒らせたくないし傷つけたくもない。僕なりの誠意をみせる。頼みごとをする側の最低限の態度ってやつだろうと昨夜しっかりと意識したんだ。ちょっとやそっとじゃ崩さない。
田村さんが僕へ顔を向ける。ぱちり目が合った。
どうやら僕の判断は間違ってはないらしい。黙って聞いている僕に不満な様子は見られなかった。
田村さんはふっと笑みを浮かべる。
「さっき聞いたよね、どうしてわかってると思うのかって。わたし答えなかったけど、良かったの?」
あれはなんというか。手始めのジャブというか。だから別に答えなんて求めていなかった。
なんてことは言えないので、「うん、大丈夫だよ」と答える。
「ねぇ、佐田くん。あれって、わざとでしょう」
「うん? どれかな」
「わざわざ『やつ』、だなんて」
おっと。田村さんはなかなか鋭いようだ。
いや、もしかして僕と同類なのでは? 違和感をキャッチしてしまうタイプ?
しかし僕は首を傾げた。なんのことかな、と。
「佐田くんってちょっとアレだけど、乱暴な言葉はあまり使わないもの。ましてや、自分に好意を寄せてくれている人を指すときに使うと思わない。それはつまり、誰かわかったから、だよね」
へえ、田村さんは意外と僕をわかってくれているらしい。アレという部分は聞き流しておく。
「最初からね言うつもりなんてなかった、本当に。だから安心して」
「……そう、ありがとう」
「うん、誰にも言わない。ていうか、言えない。きっと誰も信じてくれないし、妄想が過ぎるって、なんならこっちが悪く思われそうだもん」
「相手が悪いよね。何せ好感度抜群だ」
「ふふっ、そうそう」
田村さんが笑う。僕も笑った。
さあ、教室に戻ろうか。昼休みはもう終わる。
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