恋を知らない中二男子、ラブレターを推理する。

なかむらみず

第一話:匿名の四文字

匿名の四文字



 それは中学二年の三学期。

 寒さが少し和らいだ日だった。


『好きです』


 靴箱に投函されていた小さなメッセージカードを読んで僕は息をのんだ。

 単純な文字の羅列。でもなんてインパクトだ、込められた言葉の理解を深めずとも心臓がびっくりする文章は初めてかもしれない。


 読み返して思わず叫びそうになったのを堪える。声が喉に詰まって咽てしまった。

 短く呼吸をして三度目、改めて視線を落とすと僕の顔に血液が集中する。


 つまり、内容を理解した。


 数十秒ほど放心して、やがて血液の巡りが戻っていく。心臓の跳ねっぷりは未だ残っているものの僕は浮かれることはない。あぁ、誰かのイタズラだろうと、疑いの眼差しをカードに向けた。

 周りの人が僕をどう見ているのか、よく知っているからね。

 他人からの評価は概ねこう。


佐田さた倫太朗りんたろうは性格が悪い』


 それまでの評価がどんなものかは知らないけど、そう言われるようになったキッカケは思い当たる。


 あれは中学一年。同じクラスだった山田さんと業務連絡的な会話(内容は覚えていない)をしていた時のこと。突然クラスの中心寄りな女子グループにからかわれた。

 山田さんは困惑し、やがて俯いた。彼女は教室の中で静かに過ごしている人だったから、こんな注目のされ方はつらかっただろう。


 僕は言った。


「漫画とか読んでさ、文脈とか描かれ方をちゃんと見ればそんな場面じゃないのに、なんでもかんでも恋愛に結び付ける層っているよね。まぁそこは各々の捉え方だし、頭の中がそればかりだからそう見えても仕方ないかなと思う。物語の楽しみ方に口出しする気もないし、キミたちがであろうと僕はどうでもいいんだけど。

 だけどこれは現実で空気感とか伝わるよね? それで何故、僕と山田さんをそうとらえたのかな。

 ねぇ、さっきアイドルのなんちゃらが主演の恋愛映画について語ってたよね、絶賛してたようだけど大丈夫だったの? 少し会話をしているだけの僕たちを「お似合い」と言えるレベルの恋愛観で理解できたのかな。

 あぁ、からかいたいだけか。違うと分かっててひやかしている。なるほどね、キミたちが好きなラブストーリーにいそうだ。男女をひやかすためだけに存在しているモブクラスメイト」


 長々と意見したのは山田さんのためではない。

 以前から僕はやたら色恋を絡める人間に疑問があった。そこへ暇つぶし(と表現するのも馬鹿らしいけど)のターゲットに選ばれ多少の苛立ちが加われば、黙って流すことはどうにもできなかった。


 しかしながら僕の疑問は答えを得られず。それどころか女子が騒ぎ出したのは言うまでもない。


 そこから「佐田は嫌な奴」「面倒くさい」と言われ、いつからか「性格が悪い」との評価になった。


 男子はともかく女子からの評判はすこぶる悪い。それが現状の僕である、と踏まえた上で。

 僕に本気の告白メッセージが届くだろうか?

 可能性はゼロじゃない。どんな人間にも人はいると思う。

 これは僕に限らず全ての人に言えることで。ただ出会えるかどうかなんだと僕は考える。


 しかし僕らは多感なお年頃。

 仮に僕を好いてくれてる人がいたとして、果たして気持ちを伝えたいだろうか。

 狭い学校内じゃ誰が嗅ぎつけるかわからない。

 趣味悪いでは済まない可能性すら――いや、そこまで卑下しなくていいんじゃないか、僕よ。


 うぅん、だけど。ううむ……。


 あらためて。僕の手にある小さなメッセージカードを見る。

 誕生日ケーキとかプレゼントを買うとつけてくれることがある、あんな感じのサイズ。ペラペラではなくて割としっかりとした紙質。白、無地。同様の素材の封筒に入っていた。セットだったのかな。よく見ると光沢がある。


 そしてこのカードには問題がひとつ。

 差出人の名が、ない。


 黒のボールペンで書かれた文字は癖がなく、読みやすい綺麗な字。

 だけど、だから。性別の予想もできない。でも男女どちらであれ丁寧に書かれたものだなと思う。


 仮にイタズラ、からかい目的だとしよう。

 ならば少々不思議で。だって今この場にいるのは僕だけなのだ。

 からかいたいのであればそこら辺に潜んで様子を見るのではないか? 今が一番の見どころ、盛り上がるタイミングなのでは。


 しかしながら委員会で遅くなった僕を覗き見する者はいない。

 一応辺りを軽く捜索する。やはりと言うべきか、誰の姿も見つけられなかった。


「……う、ぅーん」



 僕は考えることが好きな方だ。頭の中の僕ときたらお喋りで、どうでもいいことにも引っかかってしまうタイプ。


 まぁ、こんなお届け物は僕でなくても流せないだろうけれども。だってこんなの、まるで試されてるみたいで。来る受験の前にちょっとした試練。なんて、大袈裟かな?


 とにもかくにも。告白、イタズラ。どちらであれ「フーン」とはならない。なれない。文面だけを素直に受け取りたくても必要な情報がないんだもの。



 僕はカードを通学バックの外ポケットにそっと入れると靴箱を後にした。

 途中でバックの向きを変えて持ち直す。なんとなくポケットを外側にしたくなくて、腕と体で挟んだ。足もいつもより気持ち、はやく動いた。



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